書評集

2017-04-16/9784492314944「経済を見る眼」伊丹敬之(東洋経済新報社

非常に参考になった。記述の明快さは哲学的訓練を受けているのではないかというほど際立っている。恐らく、この明晰性は論理の鋭さのみならず、著者が一般人の関心に非常に深く通じている面もあるだろう。さて、著者は、日本経済悲観論のかまびすしい昨今においても、極めて明るい見通しを日本経済に対して持っている。しかも、数学の式を積み上げて論証する経済学的手法は一切採用せず、言語で論理的に説明するから、私のような文系バカにも非常に納得感をもって受け入れることができる。従って、数学的記述による論証を理解できない者でも、経済学の用語に多少通じていれば、昨今の経済現象を理解できる著書である。つまり、数学的論証によって説の真理性を認識するという学問的態度ではなく、日本経済に対して常識的に思っているイメージを明確な言葉で確認・強化する著書である。だから、事の真偽は究極的には確認できないが、それでも一般の経済ニュースや識者の解説と整合性があり、信憑性は十分にあると思う。私はいい本だと思った。

2017-03-18/9784046214690「噛みきれない想い」鷲田清一角川学芸出版

面白かった。これこそ哲学者のあり方であり、社会の渦に対して距離を置いて観察をしている。大学という世俗を脱した共同体に属して、比較的のんびりな観察をしていられるのは、日本にもこの知者を尊ぶ精神があるのである。仏教が超世間の立場から浮き世を相対化したように、氏のような西洋哲学に通じた知恵者が我々に安息を与えるというのは、これが現代的な救済であるということだ。つまり、我々現代人は神の啓示より占星術より、合理的な説明で安息を求めているのではないか。哲学が合理的であるとはいえ、結局は理想に照らして現代生活を評する営みだから、哲学への信頼というのもある種の信仰だろう。それは科学への信仰と地続きであり、自然科学がリアリズムで現実の真相を暴露するのとは異なり、哲学は合理的な説明による理想の提示である。氏はこの時代の要請に強力に応答している。

2017-03-04/9784625663185「文章軌範 新版(新書漢文大系 9)」前野直彬(明治書院

儒教的な価値を、歴史や文学などに託して宣揚する書物だが、私は大いに楽しめた。この雰囲気に憩う心が私には確実にあって、山頂の景色を楽しむかのように爽快である。この世界にずっと浸って俗社会を忘れているという訳には行かず、私も現実の戦いに向かっていく必要があるが、それでもこの安心はやはり得難く貴重で、愉快なものである。色々と心を労する日常の中で、この書物の世界は守るべき理想郷であろう。

2017-01-29/9784763406477「ロスジェネ心理学―生きづらいこの時代をひも解く」熊代亨(花伝社)

心理学の知見に基づきながらまっとうなことを述べている印象だ。ただ、理念先行で、具体的な方策を示しているわけではない。そもそも、現状を述べて対策を講じるという典型的な科学思考が見て取れるので、その客観的な言葉は議論の俎上に載せたらさらに深い知見の獲得が期待できよう。しかし、私が求めているのは、作者が知を総動員して語った知恵の言葉に触れることであり、作者の結論を実行に移すことでも、議論を深めることでもない。というのは、作者のように社会事象の全体を見渡して理念を示すという方法は私には不向きであり、そういう科学思考で何事かを提示するやり方を私はとらない。私の場合、まず本能で生きる生き方があり、この生き方を照らし出す上で言葉を使うというやり方だ。だから、現状と対策という科学思考というより、私の生き方を説明する上では、現状を通覧するではなく、対句法や問いかけなど、認識に適した手続きをとるのであり、多分に漢文や西洋哲学に依拠している。そして、私が生き方を言葉にできた時、それはもはや自分の専有物ではなく、人々に開いているつもりである。それはともかく、私はこの本に共感して楽しむことが眼目であり、この意味で収穫ありだった。

2017-01-21/9784625663123「孫子呉子(新書漢文大系 3)」天野鎮雄(明治書院

孫子の思想を己のそれに組み入れる必要性が私にはあると感じている。論語に強く感銘して私の生活思想として来たが、どうしても論語では足りない。思いやりをもって融和の道を説く論語に何か不足がある。儒教の本質が政治にあるなら、私の主戦場が経済であるからして、この不足は必定であるのかもしれない。つまり、私が経済を生き抜く思想として、孫子を援用したいのだ。ただ、論語の時もそうだが、中国のいにしえの思想を利用しようという時、そのままの形で利用することはできない。孫子などは戦争に用いる思想だから、余計にそうだ。この時、論語の場合にそうであるように、孫子にしても、自分の生活を援助する形に孫子を転用しなければならない。その際、私に心強い武器になるのが、西洋哲学の問いの技術だ。これにより、中国思想を審問に付し、新たな形に練り直すのだ。

2017-01-08/9784791766901「ソーシャル化する音楽 「聴取」から「遊び」へ」円堂都司昭青土社

音楽論の本を初めて読んだが、異分野にもまたがる比較検討などで曲やアーティストの特質を浮き彫りにする手際は驚異的でさえあった。様々な音楽の潮流が論じられ、それらの相互交渉が明らかになることは、音楽への開眼であり、発見でもあった。これからますます音楽鑑賞が楽しくなりそうである。

2017-01-07/9784794602008「ソクラテスの弁明 Apology(ラダーシリーズLevel3)」プラトン(IBCパブリッシング)

この本を読むに当たって、ソクラテスの智恵に強く期待していた。期待に胸を膨らませていた。しかし、読了してみて、苛だたしい気持ちでいっぱいになり、感動どころではない。なぜ、誠実に魂の世話に専心していた人が、こんな紛争に見舞われ、死刑となるのか。怒っても仕方ないが、どこにもぶつけようにない怒りが渦巻いている。知恵の獲得などという私の都合以前に、ソクラテスは正しいと信じた実践の末に殺された。喜ばしき知恵ではなく、怒りや苦しみが到来し、どうにもしがたい。私はソクラテスに何かを学べるか、少し時間をおく必要がある。

2016-11-19/9784642082624「日本文学史」(吉川弘文館

新しい文学史の登場である。従来の文学史は通時的でジャンル別だった。私はその方法で極めて上質な文学史の全体像を描出したのは加藤周一ではなかったか、というより、加藤周一の文学観に感銘を受けていた。本書の監修者が述べているように、加藤周一のような個人芸で文学史を編むことが不可能になりつつある近年において、個々の研究者の成果を結集する必要性が生じているらしい。それほど文学研究が微に入り細を穿ちているようであり、それを全体像として提示しようとする時、テーマ別に文学史を編む方法が取られた。この方法では、定見の習得より、文学的事象を客観的に眺める、知的体験が重視されている印象を持った。その時、私の目には本書の記述に断定的な言い方が多いことが引っかかってきた。教科書的に知識を伝授しようとするなら断定を多く含んでもいいが、知の体験を重視するなら、もっと読者に問いかける視座が必要ではないか。つまり、ここでも哲学に見られるような問いかけの技術が要請されて然るべきではないか。教科書ではないから、読者の方にもある程度文学史の知見がある。著者はそれに対して化学反応を起こすべく、問いを発する技術が必要であるような気がした。

2016-10-09/9784625663208「孟子(新書漢文大系 11)」内野熊一郎(明治書院

その理想の高さに気持ちが高じる部分もあるが、現実の動きと離れたところで思索を重ねたのだろう、迂遠な哲理を展開して退屈に感じさせる文章でもあった。歴史的に孟子を重視する向きがあったのは、現実の泥沼を生きる時に一筋の光明を見出したかったのではないか。私としては現実をよくすることを価値として、世俗にあくまで沈潜していく姿勢だから、期待するのは孟子より荀子である。今後は、古来の権威である孟子とは別れを告げて、荀子の研究に向かいたい。

2016-09-22/9784625663345「荀子(新書漢文大系 25)」藤井専英(明治書院

史記の事実描写を楽しんだ勢いがあったので、本書のような道理の話が面白いか、疑念があったのだが、読んでみると痛快な記述で、一気に読んでしまった。何にも増して、歯切れの良い主張が展開されており、小気味よく感じた。一般には性悪説のイメージが強く、負の印象が持たれがちだが、性悪を基礎にしていても、その後に人物や治世の理想を示しており、孟子に比べれば、現実を見ていると言えなくもない。伝統的に孔子孟子の系統が正統とされる歴史があるが、私は荀子も嫌いではない。これから孟子を読んで再検討する予定だが、孟子が世人の歓迎を受けなかった一方で、荀子は強力な実際家の弟子を輩出したところからも、荀子を高く評価したい気持ちも起こってくるのである。

2016-09-18/9784625663277「史記 列伝2(新書漢文大系 18)」水沢利忠(明治書院

群雄の生きる様を追体験するのは本当に痛快であり、魂が高揚する。それも司馬遷の記述が卓抜であることによるのだが、それに加え、私が理論より事実描写の壮烈を好む性質だからということもあるだろう。本書は劉邦の臣下を取り上げてその生きた軌跡を簡略に記述している。これは歴史書としても、紀伝体だから、個人の人生が具体的に描写され、そこが私の好みに合っている。編年体のように、より客観的な言葉で事象を傍観する態度も必要であり、それによって時代背景を把捉し、視野を広くすることも重要だが、やはり生の言葉で人生を活写する愉楽は非常に大きい。私自身が猪突猛進なところを持つのかもしれない。

2016-08-15/9784625663239「史記 列伝(新書漢文大系 14)」水沢利忠(明治書院

司馬遷古今東西類を見ない歴史家であると今更私が言うには及ばないだろう。私として彼の人生に深く共鳴するでもないが、その筆に成った歴史叙述には彼の叫びを感じ取った。司馬遷自身が事実を叙述する中で群雄に語りかけ、彼らの運命を天に問うていたに違いない。私が史記を体感できたことが幸いであり、素直に司馬遷に感謝しよう。

2016-07-31/9784641053694「心理学(New Liberal Arts Selection)」無藤隆, 遠藤由美, 玉瀬耕治, 森敏昭(有斐閣

初歩的な心理学の学習をある程度通過したので、もう少し骨のある概説書を求めて本書を購入した。まだまだ心理学に関して、細かいテーマで心理学に関わる蓄積がなく、従って心理学のより専門的テーマを選んで、自分の生活を向上させる、という取り組みまで高めることはできない。まだ概説を学んで心理学の広野を俯瞰することに努めなければならない。とはいえ、こうした段階にあっても、心理学が提供してくれる概念は豊富に得られ、私としてはその概念的道具を身に着けて心理学的操作が技能としてできるようになればいい。こうした自己理解の効力は非常に広い射程で有益だと思っている。その際、生兵法は怪我のもと、という結果にならないように、注意を払う必要がある。そのための意識がけとして、一般的な感覚を持ち続けることだ。言い換えれば、ガラパゴス化しないこと。常に雑踏を生き抜く緊張感をもって自己点検を続けること。そういう意識のもとで使える学問として心理学を学びたい。

2016-07-25/9784625663369「孔子家語(新書漢文大系 27)」宇野精一明治書院

孔子にまつわる話だから興味津々で本書を読んだ。ただ、孔子の言説が持つ背景に関する話が多く、広い視野から孔子の説を根拠付ける話だった。具体的には、三皇五帝の治績や孔子の門下生や武王の征戦などについてであり、論語孔子の偉大さを直接的に顕示しているとするなら、本書は孔子の正当性を歴史的背景から根拠付けようとしていると感じた。我々現代人はそもそも時代背景を著しく異にするから、この背景的話に恵沢を求めても、難しい気がする。論語の直接的な感化力には今だ浴し得るとは思うけど、敢えて、それを補強するような言説を本書に求める意義は、現代においてあまり多くないのではないか。現代的な役割として本書に期待できる恩沢はあまり多くないということである。従って、これはもはや研究者の期待は満たせても、現代人の生を強くする実践的な力は失効しかけていると感じた。

2016-06-19/9784625663130「十八史略 新版(新書漢文大系 4)」林秀一(明治書院

叙述を通して露わになる当時の政情が胸に迫って深刻な印象を与えてくる、そんな感想だ。歴史家の筆を駆り立てるほどの才傑たちが己の力の限りを尽くして世の中を動かす様子は、憧れて悦に入るばかりでなく、むしろ人の思いが極まって深刻な様相となっていく。我々がお笑いを見て歓笑に堪えないという日常とは異なり、史書に表れる人間模様は極めて切迫して死命の分け目を示す。明らかに日常の哀歌を笑って過ごす気楽な生活はそこにない。つまり、我々一般人も政治の表舞台に立つようなことがあれば、生きるか死ぬかの極限状態に置かれるのだろう。だからこそ、歴史家の筆が冴え渡り、我々の胸を打つのだ。ただ、これは英雄の話であって、一般人の生活はまた様相を異にする。支配階級の憂いであっても、下流の人間の憂いではない。従って、血迷ってこの歴史群像に己を重ねるのは幻想に近く、この史書を読み終えた私も現実の感覚を思い出して我に返らないといけない。そしてたわいもない話に楽しみを感じるささやかな生活がまた始まる。

2016-06-12/9784625663178「古文真宝 新版(新書漢文大系 8)」星川清孝(明治書院

若い頃に学んだ漢文が多く採録されており、懐かしく読んだ。若い時には漢文を読む一方で、日本の古典文学や近代文学を熱心に読んだが、ここ最近は文学から離れていた。それが関心がまた漢文に向かって来た。旧を好む中で、何かしら新しいものを感じているのかもしれない。自然科学の領域では全く用を成さない漢文学も、文学や思想の面ではまだまだ捨てたものではない。何しろ、その叙述に表れる人間ドラマに感動がある時点で、私を陰に陽に啓発しているのだろう。思うに、漢学の思考様式に革新性があるのは、西洋哲学のそれに劣後するものではない。ただ、そのすべてを優良としてしまうと、時代錯誤に陥る。西洋に発する科学的思考を十分に尊重した中で、漢学の活かし方を明確に方向付ける必要があろう。一つの課題として、漢学の人間理解に対して西洋の心理学はどう折り合うのか。そもそも同じ俎上で議論できるか。日本人として東洋と西洋の狭間で生きる課題だと思う。

2016-05-21/9784480096685「「聴く」ことの力: 臨床哲学試論(ちくま学芸文庫)」鷲田清一筑摩書房

画期的な本であった。従来の哲学が反省により生成されてきたとするなら、この本で示される臨床哲学は現場の声を掬い解釈する哲学である。それは苦しむ者に対して、その苦しみを聴く者のための知恵であり、苦しむ者を前にして、聴くことの力を問う哲学である。これまで日本では、西洋哲学を輸入し、日本古来の仏教などと整合性をとろうとしてきたため、概念や論理における東西の違いを克服することが努力された。従って、日本の哲学者の多くが大学の研究室で本を読み、思索するという、隠者的な態度を持っている。しかし、大学から一歩外へと足を踏み出して、激変する社会の現実を生活するなら、従来の哲学的な態度は大きな転換を遂げなければならない。この点は強く言いたい。その先鞭をつけたのが鷲田氏であろう。こうして現実社会に哲学が降りて来た訳だが、まだそれは端緒に就いたばかりで、本書においても、その意義は哲学の新たな地平を開くための言葉を紡ぎ出した点にある。従って、まだまだ一つの答えを提示するような、議論の収斂はなく、逆に、臨床哲学の様々な可能性を開いていくといった広がりの方が目に付く。つまり、この哲学を学んだ者たちがそれぞれの課題に応じて、自分の解答を紡いでいかなければならないのだ。このように、本書は後進のために道を開いてくれた、画期的な本である。鷲田氏は恐らく歴史に名を留める哲学者となるであろう。

2016-05-20/9784625664045「文選 文章篇(新書漢文大系 35)」原田種成, 竹田晃(明治書院)

何となく面白かった。漢文を読む力はあまりないから、理解のほどは怪しいものだが、やはり漢文は心地よい。意味がわからなくても、まず読むという、いわゆる素読は効果があるやり方だろう。歳をとったら漢文の知恵を愛するようになるのかななどと、漠然と考えていたが、本当にそうなってしまった。学問は続けることによりその効力を体得するに至るが、そんな功利的な理由より、何か心地よいという体験を重視している。中国の文句は巷にかまびすしいが、この国の知恵は私は好きである。脱亜入欧はもう昔のことだ。

2016-05-05/9784634591134「もういちど読む山川日本戦後史」老川慶喜山川出版社

これまで日本の戦後史は何度も読んで来たので、本書によって新知見を得た訳ではないが、確認の意味で有益だった。肉親が戦争が終わった直後に生まれているし、年配の知り合いもこの時期の生まれだから、その頃の生活のどん底を少し覗くのは、私にとっても感慨深い。ましてや、そこから奇跡の復活を日本経済が遂げていく様は、さらに感慨深い。そしてまた、高度経済成長のひずみで公害が深刻化する事態に対し、関係企業の経営者には私も怒りを感じると共に、施政の知恵がない私自身にも、本書に書かれた政治の成り行きを眺めるしかできないという諦念がゆらゆらしていた。日本企業が元気だった70年代、80年代から一転してバブル崩壊で長期の不況に突入しても、私としてできたのは一介の労働者として生き抜くことでしかなく、為政者としてとか経営者として際立った活躍で社会を変革する英雄ではない、その自覚だけはあった。識者によれば、戦後レジームの脱却を掲げる安倍政権は、国家資本主義の名の下、既存の体制を維持して、景気浮揚を図ろうとしているそうだ。私に口出しする知恵はないので、分からないが、本書を読むことで、自分のルーツを跡づける一つの手がかりを取り入れることができたのは確かである。

2016-04-23/9784623065318「エピソードでつかむ生涯発達心理学(シリーズ生涯発達心理学)」岡本祐子, 深瀬裕子(ミネルヴァ書房

この分野に興味を感じた上で読んだので、極めて多くの知見を楽しみつつ学べた。これまでは古典を読む中で人生の真意を推し量る傾向があったため、主として日本文学や漢学における人間理解に負うところが多く、その意味で古きを温めていたが、ここ数年に心理学の学びを始め、そのことで新たな視点を自分の内に取り入れることができている。そうは言っても、日本文学や漢学の知見を否定することではなく、この古層に新層を被せて、人間理解をより深くするという、いい作用が生まれていると思う。今後は新知見に感動するにとどまらないで、この考え方と概念を血肉化し、自分や人の心理に解釈を与えられるような域に達することができればと考えている。裏を返せば、私が心理学を利用する力はまだまだ弱いのだ。この意味で、本書の持つ価値は大きかった

2016-04-09/9784492395820「日本式モノづくりの敗戦―なぜ米中企業に勝てなくなったのか」野口悠紀雄東洋経済新報社

極めて先進的な分析と提言をしている。マスコミの言論とはかなり違うから、そのインパクトにクラクラする。例えば、現在進行形の労働力不足には、知識労働者として中国人を受け入れよと提言している。彼らの専門知識を使うためだけでなく、企業戦略の策定に関わる幹部候補生としても、だという。著者も指摘しているように、これは日本のトップが拒否反応を示してきた点である。そもそも、日本のコミュニティでは、同調圧力が強く、内部の同質性を維持しようとする傾向が強いのだから、外国人の受け入れには極めて強い抵抗が起きる。これは日本人の精神性であり、いくら合理的に考えて、外国人拒否が不当でも、やむを得ない側面がある。とはいえ、日本社会はこのままでは沈没しかねないという危機意識があるし、それに現実的な施策で対処しなければならない事実がある。著者は外国の事例を参考に、世界的潮流に乗り遅れるなと危機感を表明しているが、私が思うに、日本の特殊性を十分に斟酌するほどには、著者の思索は深くないと感じた。合理的な説明として納得できても、日本社会の現実問題を解決するには、より踏み込んで方策を構想する必要がある。著者の言説は極めて説得的で、参考になるが、そのさらにもう一段上を目指さなければならないということだ。非力な私も問題意識を持ち続けたい。

2016-03-13/9784004315001「哲学の使い方(岩波新書)」鷲田清一岩波書店

まだ読み通したわけではないが、思うところあって論評してみる。本書は哲学の本だから、哲学的な語りで満ちている。哲学とは言っても当人は抽象的な議論に関心が高いのではなく、自分の経験に統一的な解釈を与えるために必然的に話の抽象度が高くなるのだと思う。哲学とは統一的な解釈を可能にする方法や概念的道具を提供してくれるだけで、哲学者だって自分の生活課題に根ざした形で哲学しているし、その限りでのみ興味が持続するのだ。そういう意味で鷲田氏の関心は極めて広い。従って、議論の抽象度も必然的に高くなる。その議論に耳を傾け続けるには辛抱が必要であるが、めくるめく展開する議論の中でも私の生活課題に関わり深い問題が論じられる場合がある。私の持病に関わる医学的テーマなどである。そういう時、私の興味関心は一気に盛り上がるが、鷲田氏の広い関心はまた別のテーマの議論に速やかに移ってしまうため、また辛抱して議論の筋を追うことになる。私も自分の経験を解釈するため、哲学的な方法を使うが、鷲田氏より多分に関心が狭いため、具体的な問題に降りて行きやすいという利点がある一方で、共感を呼ぶ層は限られる。その点、鷲田氏は極めて広い層に関わっている、実に器の大きな人なのである。

2016-03-06/9784106106484「戦略がすべて(新潮新書)」瀧本哲史(新潮社)

著者のビジネスの教養が面白くて、一気に読んでしまった。最近気になり出した著者であり、私の期待感を満たしてくれた。政治でも教育でも何でも、ビジネス感覚の戦略思考で解釈してしまうので、この色眼鏡は事実解釈を歪めるのではないかと、懸念を覚えたが、分かりやすいという点では卓抜である。従って、本来の専門であるビジネスの考え方は非凡であり、熟読する価値は大いにある。私と同じ世代ということもあり、世代的な価値観を同じくしている感じが強くしたので、その点でも読みやすかった。具体的には、学校での部活経験、ドラクエファイナルファンタジーなどのゲームへの親和性、スマホというデジタルデバイスへの衝撃や抵抗、等々、価値観を共有していると思った。我々の世代の考え方を代弁する表現者として今後も注目したい。

2016-02-28/9784799313138「経営戦略全史(ディスカヴァー・レボリューションズ)」三谷宏治ディスカヴァー・トゥエンティワン

毎度のことながら著者のビジネスを評価する力には感服する。ただ、著者は行動の人ではなさそうだ。従って、ビジネスの実践に勝つ力にかけては、人後に落ちるのではないか。実際に、著者自身が編み出した経営戦略ツールは煩瑣に過ぎて、現実を勝つシンプルさが欠けている。つまりは、現象を理論で理解する、言論の人であり、現実の戦いの中を自らの行動で生きなければならない、実践の人ではない。あくまでビジネス社会の全体理解に役立てることにとどめて、実践活動においては、人の思想の借り物ではなく、まさに裸一貫で戦うことが必要だろう。

2016-02-25/9784062198172「哲学な日々 考えさせない時代に抗して」野矢茂樹講談社

書店で立ち読みした際、少し興味を感じて購入した。一読してみて、面白い部分とそうでない部分はくっきりと分かれた。哲学問題を示して、それに対する考えの筋道を述べていく箇所は、読む気力まで削がれたわけではないが、大して興味を感じなかった。それに対して、論理的に書く重要性に関して論じる箇所は、筆者の専門であることもあってか、非常に説得的であり、面白かった。その他にも、著者独特の考え方が披瀝されていて、大いに啓発された。ただ、この本を一読する価値はあっても、著者の他の本までさらに読んでみようという気にはならなかった。そういう意味で、未知の者に対する好奇心は本書で十分に満たされてしまった。まさに一期一会というにふさわしい。

2016-02-07/9784569816357「創造する脳」茂木健一郎PHP研究所

何となく茂木健一郎に興味を感じて、書店でいくつかある氏の本から、自分の直観を頼りに本書を選び購入したが、私の直観は間違っていなかった。茂木健一郎は本物だった。本書では、創造性を発揮する条件やそれが必要とされている現代の社会事情が詳論され、また創造性の従来の考え方から脱却することが目指され論を進めている。確かに、氏の指摘しているように、創造性は天才の特権のように思われている風潮はまだ現代にも根強いだろう。そこで、創造性は、天才に限らず、庶民に至るまで誰にでもあると氏は主張する。コンピューターの発達と普及によって定型的な事務処理は大幅に人の手を借りなくて済むという事情から、人々に求められる仕事は創造性を要するものに変わっていくと述べている。ただ、生の現場において窮しながらもがむしゃらに切り抜けようとする必死さこそが創造性を生むという考え方に立っているので、既得の地位や財産、名誉に安住している人は創造性において終わっていると切り捨てている。私などは生活は崖っぷちの状況が続いているので、茂木健一郎の論説に励まされて創造的でありたいという思いを深くした。

2016/1/23/9784634591127「もういちど読む山川日本近代史」鳥海靖(山川出版社

概説書だが、面白かった。黒船来航に端を発した対外危機の深刻さに関して、十分に窺い知ることができる。その後、近代化を推し進める過程で、国民がいかに苦心惨憺し、怒りや動揺を示して来たかが察するに余りある。それでも明治政府の富国強兵策は他に選択肢があっただろうか。まずもって国際情勢で生き残るのに、日本の国柄としてお上の指導によって国を変革するしかなかったのだ。しかし、国難に際して、日本人はしばしば意に沿わない政治家は抹殺してしまえばいいという思考になるようだ。そういう国民意識は軍部の台頭を許した精神的素地ではないか。世界恐慌を契機に、各国経済のブロック化が進んだが、必ずしも日本も同様に領土拡大によるブロック経済の形成を目指すべきではなかったのではないか。日本はブロック経済を形成しようとしても、生産流通を循環させるほど、経済が成熟していなかった。つまり、植民地で原材料を入手しても、そのために売るものがなかった。だから、アメリカと通商関係を維持すべきだった。とは言っても、当時の日本の政策を方向付ける別の構想が私にあるわけではないが、それを思いみるほど、敗戦の痛手は今の今まで尾を引いていると思う。歴史を学ぶ以上、教訓を引き出して今に活かさなければならない。日本人は意識的にせよ無意識にせよ、使える学問を尊ぶのである。それほど今をよくするのに必死なのである。

2016/1/10/9784634640689「もういちど読む山川世界現代史」木谷勤(山川出版社

少し目新しく内容が書かれていた。書く姿勢は大国という強者には批判的であり、小国や持たざる者としての労働者や農民には同情的である。帝国主義時代の列強による搾取と抑圧は負の政策として共通に認識されていると思うが、現代ではそれが経済構造として固定化されているというのは、ともすれば忘れらてやしまいか。とはいえ、完全に平等な世界などというものがあったとしても、それでは人々の熱意が引き出せない。弱い者への同情を持ちつつも、優勝劣敗を認めるシステムは必須だ。もう日本は総中流社会から格差社会に突入し、それが固定化しつつあると、ある識者は指摘している。そして下層社会は富がないだけでなく、様々な暴力で充ち満ちているらしい。グローバル経済がもたらした負の産物だろうが、一部の人達がその手当に動いているということは頼もしい。世界史を学ぶとは何を意味するのだろうか。確かにあるのは学びの喜びで、その先のことは分からない。ただ、私は学びを続ける。

2015/12/20/9784492371183「戦後経済史」野口悠紀雄東洋経済新報社

非常に感銘を受けた。戦後の社会体制はGHQの強い意向によってその基礎が固まったという通説を排して、その原型は既に戦中に準備されていたという1940年史観を自説としている。戦中は戦争遂行のために国家による統制を強化したが、戦後はその体制を経済発展のために転用した。そして幸いにも、戦後の復興も高度経済成長も石油ショックもこの体制がうまく機能して日本の存在感を高める結果となった。それは取りも直さず重厚長大産業のように垂直統合型の企業が躍進する時代には適合する制度だった。しかし、水平分業の産業が成長する現代にあって、1940年体制はもはや機能しない。水平分業の産業は市場での競争で生き残るという原理によって活性化する産業であり、1940年体制のように国家の統制を強めてでは成長が遂げられない産業である。従って、現政権は市場介入ではなく、競争する環境を整えるべきだ。これが著者の主張である。そして私が強く感銘を受けたのが、まじめに働かなけば豊かになれないという主張。バブル時代のように財テクによって労せずに儲けようとしても長続きしないということ。それと同じように、異次元の金融緩和によって円安にして、利益を得ようとしても、長続きしないということ。つまり、額に汗して働く尊さを著者は強調している。ただ、方向性を誤れば徒労に終わる。こう主張している。私なりに解釈すると、知恵を持つこともまた重要であると感じた。

2015/12/2/9784799315637「ビジネスモデル全史(ディスカヴァー・レボリューションズ)」三谷宏治ディスカヴァー・トゥエンティワン

ビジネスを評価する力は驚異的だった。当然著者1人の力に負うはずはなく、主として英語圏の英知を結集して既存のビジネスを評価していたようである。それはともかく、その内容は新しいと言ってよいだろう。今の時代、商売もまた学問の力を借りて展開されなければならないことの証左を感じ取ることができる。私としてもこの新しさにはとても興奮している次第である。商売は戦いであり、知をもって制する必要がある以上、本書のような力作は出現すべくして出現したということではないか。ビジネスの時代を告げ知らせる書物であった。

2015/11/22/9784642077101「概論日本歴史」佐々木潤之介, 中島三千男, 外園豊基, 佐藤信, 藤田覚, 渡辺隆喜(吉川弘文館)

私の歴史への関心を大いに満たしてくれる良書だった。私自身は歴史学の専門的な学習経験を持たないため、歴史資料を調べる方法を知らないし、それ故、歴史を構築することはできない。従って、専門家に書かれた歴史を受動的に学ぶしかない。それによって歪んだ歴史観を形成する危険を孕んでいるが、それでも歴史への関心は深く、歴史を学ぶ喜びは何物にも代えがたい。そういう意味でも、本書は歴史を学ぶ喜びを大いにもたらしてくれた。歴史を学ぶのは実学とは言いがたく、認識活動の面が強いだろうが、歴史を学ぶことで、現代社会の位置付けを知り、さらには自分の立場を社会的にも経済的にも政治的にも位置付けていくのは、そうしないのに比べて、隔絶した開きがあるだろう。歴史的な自覚を得るには努力を続ける必要があるだろうが、それを得るプロセスにおいて、その人の精神には張りと活気が生まれると思う。これこそ歴史を学ぶ効用ではないか。そういう意味でも、本書は良書である。,

2015/11/14/9784384044867「ぶんこ六法トラの巻 憲法 第4版」三修社編集部(三修社

非常に読みやすくて、興味を保てる本だった。日本の法律を俯瞰したくてこのシリーズに挑戦している。手始めはこの憲法の本である。学生時代に講義を聞きかじった程度の理解はあり、本書を理解するのはそれなりにスムーズだったと思う。それでも半年近くかけてこの文庫を読了した次第である。法律は論理性が強くて、読解に時間がかかると感じているが、本書は感情に訴えてくる記述がたっぷり載せられており、飽きさせない。新しいことへの挑戦はエネルギーが要るけれど、それだけ達成感もあった。国の制度や国民の権利を知るにつけても、何か崇高な感じがしてきて、法律の学習をしてよかったという気持ちである。とはいえ、これからさらなる未知の領域へと進むので、相応の気合いで臨みたい。

2015/11/7/9784385162348「10代からの心理学図鑑」マーカス・ウィークス(三省堂

心理学の入門書だが、面白かった。今から一年半くらい前に心理学の全体を見渡そうと始めた学習を、遅々としたペースながらも、進めて来た結果、この本を読むことによって一応の目標地点には到達したかなという感じである。今後は初学者にも理解が容易な心理学書が出版されたら、その都度読んでみようという、緩やかな目標を立てて、今後の学習につなげていこうと思う。さて、本書の内容だが、心理学の中の分野ごとに、それぞれの学問的達成が易しい言葉で論述されている。心理学のもたらす人間心理の理解が人生をよりよくするという有用性はあるかもしれないが、私としては心理学を学ぶ楽しさが体験できたという一事だけでも、満足している。知的な遊戯と言ってもいいかもしれない。難しいことは分からないが、心理学を通じて人間心理を新しい角度から眺めることができた、それが嬉しかった。そういう意味で、本書は心理学を体験するのに初学者でも理解できる内容になっている。

2015/10/31/9784896844177「日本小史: 改訂増補版 Japan: A Short History(Rev. and Updated Ed.) (ラダーシリーズLevel5)」(IBCパブリッシング)

分からない単語が散見されたが、内容自体は易しかった。歴史を紐解くに、日本は幾つか安定した時代を経験している。平安時代や江戸時代は長期にわたって安定した時代だった。その間、貴族社会から武士社会へと変革していく、その過渡期に重大な抗争が起こり、社会は混乱していた。明治時代になって、武士は特権を剥奪され、多くが没落していった代わりに、登場したのは官僚ではないか。それは第2次世界大戦を経て国の形が大きく変革しても、引き続き官僚が国を主導していったのではないか。確かに、薩長政権から、大正時代の平民政権、そして軍部の台頭と、トップは目まぐるしく交代してきた。従って、国の方向性は彼らが示していただろう。戦後は明らかにアメリカがその役割を果たした。しかし、その陰で国のシステムを作っていったのは他ならぬ官僚である。そういう意味で、高度経済成長を導いた陰の功労者は官僚である。ところで、高度経済成長、バブル崩壊、失われた20年と来て、現在日本は変革期にさしかかっているのではないか。それが事実だとしたら、今後時代を動かすのは誰か。どの一団が歴史を動かすか。官僚か、企業か、1人の天才的人物か、それとも全く新しい形の集団か、少なくとも現代の現象を正しく位置付けるには、歴史を学ばなければならない。本書はそういう意味で外国人の視点が入っており、また違った刺激が得られるだろう。

2015/10/24/9784896841473「日本の経済 The Japanese Economy(ラダーシリーズLevel5)」小林佳代(IBCパブリッシング)

簡単な英語で書かれていて面白かった。自分が経済に関心があることを再確認した格好である。さて、戦後の経済史や日本の労働事情、現代へと連なる社会問題が平易な言葉で論じられている。小泉政権までの社会構造しか論及されていないので、その後の問題は新聞の知識などでつないでいく必要があるが、それでも日本社会への分析のメスはなかなか鋭くて、読み応え十分である。戦後の高度経済成長は成功体験として我々日本人に明るい光を投げかけていると思う。一方、バブル崩壊以後のいわゆる失われた20年は非常に暗い影を落として来た。最近になって好景気が言われ出したが、恩恵が大企業にとどまるなど、格差拡大の声は大きい。また、国の借金が増え続けている現状に、これからの世代にとっては特に深刻な問題である。我々はどこに向かうのか。その参考資料として本書は多少なりとも役に立つと思う。

2015/10/17/978404082007「しんがりの思想 反リーダーシップ論(角川新書)」鷲田清一KADOKAWA/角川マガジンズ

非常に良い本だった。これまで氏の著作を読んで来て、その思想に共感していたが、本書はさらにその思想に発展が見られていた。とは言っても、昔の時代を賛美して現代に批判的になる憾みがあり、年寄りの昔話に似た典型的な話しぶりと受け取れなくもない。しかし、その現代の解釈はとても共感を呼び、納得が行く。少しその主張を再現するなら、国家というシステムとグローバル経済というシステムに剥き出しで身を晒されている我々は、その保護膜となるべき中間集団を失ってしまっている。それは昔なら村社会という地縁や血縁のコミュニティがあったし、戦後まもなくであれば、社縁という形で企業が社員の福利厚生を担っていた。しかし、現代はそれに当たる中間集団が崩壊してしまった、と。これは氏の、現代社会への解釈である。そして、新しい形のコミュニティとしてボランティア活動を挙げている。私はその例証にあまり共感を覚えた訳ではないが、こうしたことを論じていく中で、理念的にこれからの共同体のあり方を示した、その内容には深く同意し、自らのあり方を形作る参考になると感じた。それも短く紹介するなら、自治体やサービス産業にいのちの世話という、治療や葬儀や食品流通や教育などを任せきりにして、生きる能力を損なってしまった我々は、普段は任せるしかないにしても、自治体や企業のサービスが劣化した時には、自らそれを引き受ける準備をしておくこと。そのために自立というより、相互扶助のネットワークを形成すること。しかし、氏はその実現の途が遠いと指摘するだけで、具体的な道筋を描いた訳ではない。それはやはりまだ勃興期の事象を共通認識として描く困難もあるかもしれない。ともかくも、私はこれからのコミュニティのヒントを得ただけでも、嬉しかった。

2015/9/26/9784490208498「いきいき・ビンビン 和食生活のすすめ」小泉武夫東京堂出版

非常に読みやすい本だった。それと同時に、私の食に対する関心に十分応えてくれる本だった。内容は、欧米型の食生活に傾きつつある日本人がいかに病に罹るリスクを高めているか、そして和食がいかに日本人の体に親和しているかを説き、和食に回帰することによって病知らずの心身を獲得しようと提言している。確かに、この本を読み、味噌のおにぎりを食べるようにしたら、少なくとも便通がよくなった気がする。食の本を読むなど、自分の興味関心が変化しているのには、少し驚くと共に、食の重要性に対して認識を深める助けを本書がしてくれたことに感謝の気持ちを感じている。

2015/9/26/9784906790203「困難な成熟」内田樹(夜間飛行)

やはり内田樹の文章は読ませる。最初は傍観者の側に回った退屈な文章を書くようになったかと不満がくすぶっていたが、読み進めていくうちにその読ませる文章に夢中になった。まずもって内田樹は穏健である。ナショナリストフェミニストとははっきりと一線を画すけれど、主張の異なる人を排除するのではなしに、原理的には共生を掲げて緩い連帯を社会に求める。また、経済に限らず、交換ということを哲学的に解明して、生のあるべき姿を示した。さらに、教育に言及して、自己利益よりも、共同体が存続するためにこそ教育は行われるという視点を導入した。総じて、人類の英知として記銘すべき事理が述べられており、社会事象や人事を原理的に理解したい人には参考になるだろう。

2015/9/5/9784163901800「「あの戦争」から「この戦争」へ ニッポンの小説3」高橋源一郎文藝春秋

この著者もまた感度の高いアンテナをもって社会の事象を観察し、そこから文学を思索した者に違いない。著書の始めの方で氏は小説が読めない病気になったと告白した。実際、氏の文章を読んでも、文筆生活の支障に困惑している様子が分かった。しかし、こちらが辛抱して読んでいると、だんだんと氏は立ち直ったのか、書きぶりが冴え冴えとして来る。いやむしろ、乗り越えるべき苦悩を乗り越えたからこそ、筆が冴えるようになったのかもしれない。実際、氏は様々な角度から文学の問題を検討していた。容疑者の冒頭陳述や佐村河内問題、画家の作品、そして戦争、社会の本質をあぶり出す視角は多種多様だった。何より、氏の過去が強烈なもので、それも含めて、我々の生活を裏側から照射して来るのだった。裏側といったのは、氏がギャンブル依存症や売春の斡旋を経験していたということもある。ともかく、氏と共に文学を考えることは、我々の社会を考えることであり、己の人生を問い直すことであった。氏のように他者を知ろうとする熱意は大いに習うべきものがある。孔子も言っているではないか。人の己を知らざるを憂えず、己の人を知らざるを憂う、と。

2015/7/26/9784309410654「短歌の友人(河出文庫)」穂村弘河出書房新社

歌論として興味深い内容を持っていた。個人的に古代や中世の和歌に親しみを感じる一方で、近現代の短歌には愛着が湧かなかったが、この歌論は私の狭隘な視界を広げるのに十分であった。近代と戦後と現代という軸でそれぞれの思想的な流れを捉え、それが短歌にどう反映していくか、跡付けるその批評はなかなかに痛快だった。私も短歌を詠むが、穂村氏の射程には収まらないという点からして、この世界の大勢には従っていない、極めて局所的な営みを私がしているのだと認識を改めた。現代短歌は口語で書くのがトレンドのようだから、私は少数派である。それはともかく、近代から戦後を経て、現代に至る短歌の変遷を跡付けたその成果は目を引くに十分である。

2015/7/19/9784532119157「ビジュアル経営の基本 第3版(日経文庫)」武藤泰明(日本経済新聞出版社

経営を知る必要性や緊急性があって読むわけではなく、単に興味本位で読んだに過ぎないが、面白かった。特に、企業にITによる情報システムが導入される経緯やIT革命を契機とした新たなビジネスモデルの創出に関する説明が面白かった。戦略や組織や人やお金の話も興味深いが、この本では、情報の話が一番面白かった。

2015/7/6/9784167903893「最終講義 生き延びるための七講(文春文庫)」内田樹文藝春秋

やはり内田樹は面白い。まだ読んでいる途中だが、内田樹の特徴が掴めた気がしたので、論じてみる。内田樹の文章は面白いし、共感できる。ただ、あまりにも抽象的な思考が勝ちすぎて、必ずしも現実を捉えていないのではないかと感じられる。確かに、内田樹は断片的な情報から全体像を描くのが得意だ。しかし、実見が薄弱なのに、体系的な説明を試みれば、現実を見誤る。内田樹に関して、この点が非常に懸念されるのだ。つまり、知的操作が勝ちすぎて、世の中の実相を見て歩く努力が足りないのではないかという懸念である。会話や文章を通じての概念的説明は多く取り込んでいる一方で、足を使って世の中を見る経験に乏しいのではないか。従って、時代の相が変遷すればするほど、もはや知的操作だけでは把握できなくなり、今まで以上に内田樹の文章に違和感が突出してくるのではないか。私も内田樹に多くを学んだ者として不遜かもしれないが、次の段階を見通すため、敢えて批評した。

2015/6/21/9784163736907「さよなら、ニッポン」高橋源一郎文藝春秋

今回は時間をかけて読んだが、それはともかくも、面白かった。著者はよく回り道をしながら己の主張を浮き彫りにしていくので、問題の核心がどこにあるのか、こちらも丹念に探らなければならない。しかし、確実に重要なテーマは含まれていた。それは例えばニッポンの小説がどこに向かうかということ、あるいは文学の言葉が時代の変遷と共にどういう形態をとるかということ、これらには尽きないが、様々なテーマが回り道しながら論述されている。ニッポンの小説の行く末に深い関心があるからこその、粘り強い追求が本作であり、ニッポンの小説に限らず、文芸作品の歴史的変遷を跡付けていった労作である。私は小説のプロではないので、楽しみで読むに過ぎないが、それでも本作の価値は高く評価するものである。

2015/6/14/9784634640313「もういちど読む山川世界史」(山川出版社

日本史の同シリーズと同じく知識の整理となった。さて、読めば読むほど思うのは、大国の暴虐であり、イギリスのアヘン持ち込みやナチスユダヤ人迫害など、その罪深い行いは十分な償いを必要とするものだろう。日本も国際社会を生き抜くためとはいえ、弱者を収奪し惨殺して来た過去を持つ。そしてこれらは過去として扱えるから、容易に反省を引き出すことができるが、今であっても、酷薄な行いは実行されているということだ。犯罪者は悪だと明確に認識されるから、糾弾しやすいが、現代社会で公正とされる経済活動であっても、ある者の犠牲の上に成り立っているかもしれない。それが競争として社会的に容認されるにしても、己の行いに悪や害毒がないか、自己凝視する姿勢は持っているべきではないか。歴史に?しても、完全に正しい行為はないのだから。

2015/5/9/9784634590649「もういちど読む山川日本史」五味文彦, 鳥海靖(山川出版社

日本史の確認の意味で有益だった。それを通じて思いを深めたのは、第二次大戦は不可避ではなかったかということである。世界恐慌が起こった時、欧米諸国は自国の領土で経済を回すことができたが、日本には資源を確保する領土が十分になかった。従って、戦争によって資源の供給を確実にする必要があった。そして国民がそれを熱狂的に支持したのである。戦後、日本はアメリカの協力者になるように徹底的に国の形が改革されたが、それでも結果的には、資本主義陣営の一員として国の繁栄を実現した。今でも日本の主体性を主張して独自の憲法を作ろうという動きはあるが、要は国の方向性を見定めることであろう。それともう一つ、経済の仕組みが個人個人の力を以前にも遥かに増して必要とするようになっているということだ。大量生産の時代には、人間が機械の一部になって働いていたが、今では人は機械に指令を与えればよい。重要なのは、人が機械より優位に立ち、より一層人らしく働くことである。人の本来の力を発揮すればするほど、社会は進歩するし、個人の能力如何が栄枯盛衰を左右する時代が今ではないか。ますます複雑さを増す社会に適応するには学習が不可欠であると共に、一言で能力が大事だと言っても始まらないが、本書の読解を通じて思いを深めた点は以上の通りである。

2015/4/26/9784163686103「ニッポンの小説―百年の孤独高橋源一郎文藝春秋

400ページを超える大著だったが、2日で読んでしまった。遅読の私が初めて経験するスピードだった。それはともかく、内容としては、一言で言って小説の本質に迫る考察だった。最近はめっきり小説を読まない私でも、教養の基盤を小説で固めて来た来歴があるだけに、興味をそそるテーマであり、結果的に一気に読んだ次第である。本質と言うに、筆者によればそれは、小説は散文で意味を伝える器であり、詩が意味を削ぎ落として価値を生もうとするのに対し、小説はあくまで意味の伝達を特徴とするという。思うにそれは、言葉の質、小説の質を問う論考であり、経済活動が売り上げの数値を問うのとは異質な営みである。人は生きるために狩りをしなければならない。そして、生きるために必要な獲物の数を一定数確保しなければならない。それがビジネスが数字にこだわる本質だろう。従って、ビジネスマンが軽薄なことを言うように見えても、彼らは獲物を得るための確実な方法を採用しているに過ぎない。一方で、人が生きるには、食べ物だけでは十分でない。一つに、己を成立させる物語も必要だ。人々の個人的体験は様々だ。そこには罪の意識や後悔、また勝利の過去があるかもしれない。それをストーリーにして自己を存立させなければ、他人も不安で近付けない。その物語の素材こそが小説家の仕事に属することだろう。しかし、筆者はその小説の危機を強く感じているようだ。その中にあって筆者は小説の群れを整序して、それぞれの立ち位置を浮き彫りにしようと、丹念に言葉を綴る。それが本作の中身であり、私は非常に面白かった。

2015/4/19/9784022512345「内田樹の大市民講座」内田樹(朝日新聞出版)

面白くて数時間をかけて一気に読んでしまった。この豊かな内容を持つ著作を読んで、著者の思想的立ち位置を一言でまとめることのできない私は、当然氏を思想地図のような分かりやすい形で位置づけることはできない。ただ、良心に鑑みて誠心誠意論述している気持ちは汲めるので、好意をもって読んでいた。そこへ来て、長谷川三千子先生を批判的に書く文に出会って多少の衝撃を受けた。長谷川三千子先生は大学時代に何度か聴講していたし、私が属していた哲学・思想コースの教官として酒席で言葉を交わしたこともあった。そんな長谷川先生の主義主張をあまり知らない私であっても、断片的な情報から、たまに気炎を吐くことや、著作の文体が古風であることなど、イメージはあった。それが内田樹と相容れないようだと察せられると、私も大学時代からかなりダイナミックな思想遍歴をして豹変してしまったのだと、自覚を深めた。内田樹に共鳴するのは事実である。それが大学時代の教官を否定することになろうとも、懊悩はない。人は変わるものであるし、変化の末に辿り着いた思想的立ち位置は肯定的に維持すべきだと思っている。現実を対象としている限り、極楽浄土ではないのである。

2015/4/17/9784140350324「My Humorous Japan」ブライアンW. ポール(NHK出版)

初めてこの著者の本を読むに当たって幾分躊躇したが、読んでみるとそのユーモアには笑いがこぼれた。幸い、何冊もこの類の本を出しているようなので、また読んでみようと思う。アメリカ英語に親しんだ私にとって、イギリス英語は読みにくいかなと身構えて読んだが、著者の英語は平易で、スムーズに理解できた。内容としては、身辺雑記や伝記や自伝的なものや、様々な形の文章を短編でまとめている。特に、自らの過去を語る文章は引き込まれた。これによっても、己を知るということのインパクトが物凄いものであると、切に感じた次第である。人にとって、人は何よりも興味深いということは事実だと思う。

2015/4/4/9784140350799「Hamburgers―And Other Essays on America and Japan」ケイ・ヘザリ(日本放送出版協会)

やはりケイ・ヘザリは面白い。氏はアメリカに帰ったらしく、少し残念だが、日本での体験は我々と共通の教養を醸成しているようだ。本書は日本のことよりも本国の体験や流行が語られているにもかかわらず、日本人の私に極めて理解しやすい言葉でエッセイが書かれている。もっと詳しく言うなら、容姿に関するトレンドにしても、自宅をリフォームしようとするブームにしても、アメリカのことが書かれているのに、日本人の私にも面白いのである。私は別にアメリカびいきでもなく、むしろ日本の動向に強く関心を向けている者なのに、アメリカの話が面白いのである。これはやはり私とケイ・ヘザリが興味を共有しているからであり、それは氏が日本に住んでこの国の実際を体験したことによるところが大きいのではないか。本を読んで知る以上に、苦楽を共にすることの大切さが分かる。

2015/3/27/9784140350690「Tokyo Wonderland―And Other Essays on Life in America and Japan」ケイ・ヘザリ(日本放送出版協会

面白かった。ケイ・ヘザリのエッセイは抜きんでて面白い。氏の本を数冊読んで気付いたが、ヘザリ氏は学者のように原理原則を追求するタイプではなく、巷間での雑然とした光景に感じ入る感性を持っているようだ。従って、思考は物に即しており、抽象的に考えることによって天界に昇華してしまうという類ではない。私としてはそこに強く共感できるのであり、混沌とした世の中に明るい気持ちで臨める気質が気に入っている。現実を楽しむ傾向が強いため、目の前の出来事に左右されがちであり、従って抽象性が弱くて遥か先を見通す目がないが、これはこれで一つの生き方である。明るく気丈に生きるにはこういう生き方こそ妥当なのだろう。氏の著作をもっと読みたいと思った次第である。

2015/3/21/9784480023766「源実朝(ちくま文庫)」吉本隆明(筑摩書房)

この著者が著名でありながらも、これまでに私がその著作を読んで来なかったのは、全くの食わず嫌いであったが、読んでみるとその散文の水準の高さは一読して明らかであった。まず、氏は実朝の運命を解き明かすのに、歴史的観点から分析を加えている。従って、歴史学の素養を駆使して実朝を取り巻く状況を浮き彫りにするが、私にはそれが少し退屈に感じた。それに反して、同じ実朝の心中を推し量るのに、和歌史の視点から迫る論法は、私が短歌好きなのもあって、夢中になった。ただ、やはり古書ではある。氏の説明が氏が生きていた当時の精神に触れるものであったとしても、我々現代人の精神とはかなりの相違があるように感じる。私としてみれば、まだ今の新聞を読むほうが気持ちが沸き立つように感じてならない。古い本でも、現代人の心に痛切に響くものはあるが、この著作に関してはその類ではなかった。

2015/3/1/9784794965493「期間限定の思想―「おじさん」的思考2」内田樹晶文社

私は内田樹と波長が合うようである。またさらに、上野千鶴子曽野綾子が批判されているのを読むと、世の中を知らない私にも自分の思想的立ち位置について自覚が生まれてくるようである。さて、そうは言っても、内田樹の関心にすべて共鳴するわけではなく、政治の話や恋愛論はつまらないので読み飛ばした。一方で、ビジネスというか、仕事の話として会社勤めの人間をひどく暗鬱な感じに描出していた。思うに、氏の生きてきた時代として、失われた20年と言われるように、経済活動が大方において不調に終わったことの暗い気持ちが氏の仕事論を形作っている気がする。氏のビジネス観は暗いのだ。従って、その一つの象徴としてのフリーター世代についてその社会的意義は認めるが、後年社会の最下層にとどまって、知的生産もせず、貧乏のまま後進の世代から見下されると見通した。しかし、その世代の典型的な生き方をしてきた私からすれば、ロスジェネという名の通りに受難してきたにしても、今後に希望がないわけではない。特に、ビジネス活動に強烈な生き甲斐と意味を見出し、それが明日をも知れぬ苛烈な競争であっても、己の技能と知見と経験を動員して先行きを切り開くにビジネスを活動の場とする覚悟でいるのである。私にとって、ビジネスは氏のように暗いイメージでなく、むしろ明るい感覚で捉えているのだ。そもそも、知というものは経験によって肉付けされた真理こそ強烈な効果をもたらすはずであり、氏の超氷河期世代に対する概観は実体験の裏付けがなく、やや空想的だ。それはともかくも、大人になる意味や漫画の評価は賛同できたし、総じて読んで有益な本であった。

2015/2/21/9784140350775「To Japan,with Love―Essays by a New Yorker to Make You Laugh and Cry」アディヤ・ディクソン(日本放送出版協会

日本と同じくアメリカにもエッセイの伝統があるという事実が、この著書からも窺える。ただ、著者はまだ幾分若い時期にこの本を書いたようで、精神の未熟が感じられる節がある。かく言う私とて未熟だが、このシリーズの他の著者と比べるとそれは滲み出てしまうというものだ。とはいえ、エッセイを書くセンスはかなり上達しており、読み物として十分楽しめるのは確実である。著者は黒人文化の伝統を大切に守るという他にも、ニューヨーカーとしての自覚が強く、その体験談には事欠かないようである。そこに日本に来てその生活を体験するというプラスアルファが加わった時、彼女には公衆に発すべきメッセージが具現したようである。私としても日本を愛してくれる心強いアメリカ人として彼女に敬意を表したいと思う。

2015/2/19/9784794965301「「おじさん」的思考」内田樹晶文社

一人の作家を読み込むというのは、20代に夏目漱石芥川龍之介を読み込んで以来なかったことである。その人の代表作を読んで済ませてしまうということの多い私にとって、内田樹は読み続けても飽きない書き手である。さて、本作ではまた例のごとく自身の主張が縦横無尽に展開されている。私の個人的選好故に政治の話は読み飛ばしたが、大学生の現状を分析したり、フリーターの有様を記述したりした箇所は読みどころであった。これでビジネスの話が入れば正に縦横無尽だが、そこは著者の経験外であるらしい。それはともかくも、本書を通底するテーマとして、青年はどういう風に大人になるかということがあるようで、それを一言で要約してしまうのはできないが、ロールモデルの必要性や知的な沈潜を経る必然などを詳密に説いている。思想家としての力量は確かである。

2015/2/17/9784140350638「Kitchen Table Talk,Kay Hetherly」ケイ・ヘザリ(NHK出版)

このシリーズの本が面白くて帰宅電車での読書が楽しみになった。ケイ・へザリの日本に対する眼差しは非常に温かい。それだけでも読んでいて楽しいが、やはり自分の経験を一歩引いて見る視点を得た教養人だからこそ、読み物として秀逸なのだろう。私として本書を理解した度合いは決して高くないが、日本語とはまた違う楽しみを与えてくれるのは確かである。

2015/2/7/9784046532985「「自由」のすきま(単行本)」鷲田清一KADOKAWA/角川学芸出版

鷲田清一の本を数冊読んだに過ぎないが、だんだんとその真骨頂がどこにあるか掴めてきた気がする。氏には珍しく、小説の書評に絡めて自分の考えを具陳する箇所があった。思うに、こうした筆法は氏に不慣れではなかったか。というのは、鷲田の初期の著作に見られるように、哲学的思考を使って世界の成り立ちに関して認識を述べる筆法は非常に難解で、その輪郭が明確に掴めないということが過去にあった。小説を題材に使っての筆法もそれに似て主張の輪郭がはっきりしなかった。しかしながら、それとは対照的に、現実の事件事故を題材として、あるいは己の実体験を題材として、その背後に潜む意味をあぶりだす思考は非常な興味を読者に喚起するように思われる。鷲田氏自身が、書物に首っ引きになってその解釈に腐心するよりも。それまでに得てきた教養を総動員して現実と格闘する学者らしからぬ人物であるからこそ、実社会に対して開かれているし、またそれ故一般読者を意識して平易な表現を心がけているのだろう。総じて、現実の苦味や痛みを知って思いやりをもって社会を見つめるこの哲学者には、敬意を惜しまない。

2015/1/30/9784140350713「Oops and Goofs―Lessons Learned through Daily Life in Japan」ケイト・エルウッド(日本放送出版協会

英語のエッセイを読みたいという動機からここ最近英書を読んでいる。本書は日本での経験を題材に書いたアメリカ人の筆に成るエッセイである。読み始めた当初は、文意が何となく不明瞭な感じがしてそれが心地悪く感じていたが、読み進めていくと、著者のユーモア溢れる感性にこちらも愉快な気持ちになっていった。日本人が当たり前だと感じていたことが、著者にとっては意外だったという経験が連続的に起こる、その有様は、著者の言うように発見の連続でもあったのだろう。つまりは、アウトサイダーとしての視点があるからこその、その着眼は一種の化学反応であり、面白味のある作品を生む文化の醸成をもたらしたのだろう。

2015/1/25/9784140350577「American Pie―Slice of Life Essays on America and Japan」ケイ・ヘザリ(日本放送出版協会

昔は背伸びして英語の哲学書などに挑戦したものだが、挫折してそれ以降洋書から遠ざかっていた。しかし、最近になって外国人と話す機会があったりと、俄かに英語熱が高まり、英字新聞を読むなどしていたが、さらに異文化の著作に触れたいと思いを強くしたため、適当な本を物色していた。ただ、難解な洋書に躓いた苦い体験があったので、手軽に読めるものがいいと探していたところ、もともとエッセイというジャンルが好きだったこともあり、本書を選んだ。さて、本書は日本通のアメリカ人が書いたことが幸いして、日本人の私に極めて分かりやすい記述をしてくれている。アメリカの風習に触れるにしても、一言二言説明を挟んでくれるので、極めて理解がスムーズに行く。また、表現自体が平易であり、基本的な語彙だけで読解が可能である。何より、心地よく異国の香りが楽しめる、そんな内容のエッセイであった。

2015/1/12/9784903908366「街場の文体論」内田樹(ミシマ社)

内田樹の本は何冊か読んだが、ここに来てその天才を自覚することができた。夏目漱石芥川龍之介の天才と幾分も引けをとるものではなく、形式は説明文であり、物語とは違うが、インパクトは絶大である。ただ、私の見識が不足しているせいで、内田樹がどんな先行者に連なり、歴史的にどう位置付けたらよいかは分からない。内容に関しては、古今東西の学説や人物を比較検討しているのはやはり学者らしいが、それでも終局的には現代を解釈するためであり、極めて強く興味を喚起されるものである。思うに、この主張にしても、その卓越性は認めるが、時代が進むにつれて過去の産物となるのは免れまい。しかし、今の時代を極めて深く掘り下げた記念碑的名著として後代の記憶に残るように私には思われる。何より、内田樹に偶然にも出会えた幸運を喜びたい。

2015/1/10/9784334035778「街場のメディア論(光文社新書)」内田樹(光文社)

面白かった。内田樹の対談本を読んだことがあるが、あれはクオリティーが低かった。しかし、内田樹の筆力が十分に行き届いた本はこれまでのところ外れがない。本書はメディアに関して内田樹の見解が縦横無尽に展開されており、読み応え抜群である。メディアに関して悲観的な観測が続く昨今においても、こういう本が出版されている限り、出版文化は持ち応えると信じている。さて、著者はビジネスマインドを嫌うもののようで、殊に教育と医療においては市場主義の導入に強く反対のようだ。教育者としての精神から来るのだろうが、その分析は圧巻であり、学者としての面目躍如である。私は仕事の現場でビジネスの精神で行かざるを得ない以上、ビジネスマインドを大いに尊重するものだが、それでも著者の根源的な指摘により、ビジネス一辺倒の危険を認識できた点は、大いに感謝している。内田樹鷲田清一は私のとても好きな書き手である。

2015/1/2/9784166609093「新・百人一首―近現代短歌ベスト100(文春新書)」岡井隆, 穂村弘, 永田和宏, 馬場あき子(文藝春秋

近現代の短歌に開眼できればと手に取った次第だが、一読してみて、やはりあまり興味を感じない結果となった。百人の短歌を掲出しているので、目を引くものはなくはないが、それでも強い感銘は感じなかった。識者の解説と合わせて近現代を見渡せるのは便利だが、これで完成としては短歌の魅力を発信するのに非常に良くない。つまり、短歌の魅力はこれで十分というものではなく、さらに言えばこの本の評価を覆すくらい、もっと未発掘の歌に目を向ける必要性を感じざるを得ない。とはいえ、私もまた俵万智はいいなと思うし、現代の評価を全否定するものではない。しかし、近現代史を彩る短歌に強い感銘を感じないのは、やはり評価を覆す必要性を感じざるを得ない。

2014/12/14/9784870881525「和歌史―万葉から現代短歌まで(和泉選書 18)」神野志隆光和泉書院

和歌の歴史というものを体系的に学んで来なかったので、この本は非常に参考になった。のみならず、既知の歌人や歌集の特徴を論じるあたりは非常に面白く感じた。本書は複数の執筆者により分担して執筆されているので、中には面白味に欠ける論考もあったものの、総じて興味深い書きっぷりになっている。自分の作歌態度などとも重ね合わせながら読み進めていくので、共感できる部分は当然面白いし、一方で時代として閉塞状況にある頃の論述となれば、やはり退屈を覚えるものである。私としては、中世の京極派に私淑しているだけに、その歌論にしても実際の歌にしても、非常な興味をもって読んだ。とはいえ、その他にも王朝和歌から中世和歌への過渡期に当たる幾多の試みにしても、また、長く二条派和歌の支配が続いた末に、江戸後期に国学が興るに及んで新風が巻き起こるくだりなども面白く読んだ。さらに、近現代の短歌にあまり興味を感じない私にしても、その時代の考察はそれなりに面白く、総じて非常に実りのある論考となっていた。

2014/12/6/9784781912592「心理学史―現代心理学の生い立ち(コンパクト新心理学ライブラリ)」大山正サイエンス社

極めて教科書的な論述であり、魅力に欠ける本である。それでも自分の興味を引くテーマはまだ読めるが、動物実験や物理学の手法を取り入れた学説など、自分の関心のないテーマに話が及ぶと、瞬く間に読む気が失せた。心理学の教養を少しでも身に着けようと始めた学習だが、ここに来ていまいち精神の高揚のないまま、学習を継続している格好である。願わくば、自分の強く興味を持つ領域を自覚できれば、今後の学習の動機付けになるというものである。

2014/11/30/9784334037543「修業論(光文社新書)」内田樹(光文社)

著者も自信をもって送り出した著書であるだけに面白かった。まず従来の著者の本にあるような軽妙洒脱な文体は影を潜めて、本書は幾分シリアスな書きっぷりをしていることである。その変化に人生の機微を感じてしまう節があるが、その実際は知る由もない。内容はと言うと、著者の合気道の修練が意味するところに関し、実に明快な解釈が開陳されている。それは古来の日本思想に通じる深さもある一方で、ユダヤ教哲学の巨星レヴィナスの知にも通じる広さがあった。とりわけ武道の真価を語る際に、その比較対象として、キリスト教の信仰や司馬遼太郎の作品を引き合いに出して検討しているのは極めて説得的で、著述として成功していた。それはそもそも著者の血が通った文章であるためで、他ならぬ長い人生を生きてきた実生活から得た知見であるからだろう。手軽に読める本であり、多くの人にお勧めしたい心地よさがあった。

2014/11/8/9784781910116「乳幼児の心理―コミュニケーションと自我の発達(コンパクト新心理学ライブラリ)」麻生武(サイエンス社

名著という訳ではないが、著者の顔が見える興味深い本である。著者は子持ちであり、息子の様子を心理学的観点で解釈しているのはなかなかの教養だ。ただ、私自身が幼児を理解しようとする熱意に乏しいためなのか、読了するまでに何度もこの本を放置しておく期間があったし、実際読んでいて、熱心にではなく普通に読んでいた。しかし、子供の成長過程においてある者に見られる知的障害に話が及んだ際、自分にも不思議なくらい夢中に読んでいた。佐世保の高校生殺害事件や過去の体験などに思いを致しながら、自閉症注意欠陥多動性障害に関する著者の深い解釈を熟読した。心理学のシリーズを通読し終えたら、この辺の研究を書いた本を読んでみようかと思う次第だ。それはともかく、この本によって幼児理解は確実に進むこと請け合いである。

2014/10/31/9784046532862「おとなの背中(単行本)」鷲田清一角川学芸出版

著者の思想が非常にはっきりした形をとったのが本書である。それは日常の事件を題材にとりながら、震災を論じながら、具体的に思想の輪郭が描かれている。例えば、被災という人生の岐路に立った時、著者は語り直しの必然を主張する。それは、震災というこれまでの生活基盤を突き崩す出来事が起こると、それ以後例えばどこで働けばいいかとか、転居する必要はあるかとか、命を落とした身内への思いとか、生活を支えてきた物語とでも言うべきものが改めて問い直されると、著者は指摘している。この指摘は私にも思い当たるものがあり、失職して以後毎日のように喫茶店に通い、己の過去と今後の道を意味付ける営みに耽ったものである。それはともかく、著者はこのように具体例を検討しながら、己の思想を浮き彫りにするよう、極めて謙虚に努力している。

2014/10/17/9784163696904「ひとりでは生きられないのも芸のうち」内田樹文藝春秋

面白かった。著者の主張は一言に尽くせないが、気になったのが著者はフランスの哲学者レヴィナスに私淑しているようだ。フランス思想の専門家として立つうえでレヴィナスには決定的な影響を受けたものと推察される。ところで、著者は現代に起こる色々な現象について独自の視点と論理をもってその解釈を披瀝している。その中には信じるに怪しいものが多少含まれてはいるものの、一方で読者の蒙を啓くような警抜な考察も具陳しているのである。例えば、喪の儀礼について、それが生者と死者とのコミュニケーションを可能にすることによって、生者の心の内で死者が安らかに眠りにつく、というような考察は、私が要約すると月並みに聞こえるが、卓抜せるものだった。その他にも、実際に起きた具体例に応じてその意味するところを紐解く姿勢は、私の目指すべき一つの雛形を提供してくれたと感謝している。

2014/9/26/9784794968128「パラレルな知性(犀の教室)」鷲田清一晶文社

名著だった。その主張は多彩だが、例えば価値の遠近法と言って、現実の問題に直面した際、どれが重要で、どれがそれほどでもないかを見極める目を持つ大切さを説いている。東日本大震災を通じて、高度な知識は持つが全体を語らない専門家に問題の解決を任せられないと悟った市民がこの価値の遠近法を身に着ける必要性を、著者は説いている。この自分たちの力で解決していくという姿勢に不可欠なのは、現実の出来事をプロフェッショナルに依頼して解決してもらうという慣行を改め、例えば離婚調停は裁判官に任せ、教育は学校に任せるという慣行を改め、こうした能力を自らも取り戻していくことだと著者は述べている。その際、市民のあり方として自立よりも、相互扶助の形を取り戻す必要を強調している。私見だが、こうした意見に大いに賛同しはするものの、ではそれを踏まえてどうするかという次のステップが自分の中で見えていない。従って、鷲田清一に共感するからには今は鷲田清一に学びつくすしかない。その中で次を抉り出す思索が私の中で起こることを期待したい。

2014/9/11/9784043707041「街場の大学論 ウチダ式教育再生(角川文庫)」内田樹角川書店(角川グループパブリッシング)

久しぶりに図書館で借りて読んだ本だが、非常にいい本だったため読後に自分の本棚に置いておけないのが悔やまれる。それはともかく、著者の個性が躍如とした文章群である。経済用語を駆使するところはビジネスの感覚を有しているかに見えるが、大学教育に至ってはビジネスの発想を導入することにひどく反対らしい。その説くところは昔ながらの大学の風景を見るかのようであり、ひどく浮世離れした教員がいてもそれを是としている。大学は弱肉強食の風には馴染まないこと、地域の文化的センターであること等々、現実の荒波に勝ち抜くことはさておいて、一つの理想が示されている感じがした。また、著者自身の過去にも触れていて、しかもその過去を知的リソースをつぎ込んで解釈したその手際は見事だった。というより、著者自身の生の血潮であり、それが読者の心を打つのだろう。総じて、著者の立場から眺めた風景が分かりやすく展開しており、良書だった。

2014/9/7/9784003013717「玉葉和歌集(岩波文庫)」次田香澄(岩波書店

これこそ古典というべき傑作である。文学史上では鎌倉時代以後貴族の衰退は著しかったとされているが、それでもその文化の力は依然として他を凌駕していたことをこの著作は示しているだろう。ここに所載の短歌は誠に奥深く、私の心に響くものがある。和歌と言えば万葉、古今、新古今が範とされるけれども、この玉葉はこれらの和歌集に決して劣らない内容の本である。私の座右の書として繰り返し読み続けていくべき古典であり、私が論語に出会った喜びにも劣らない最上の出会いであった。

2014/9/1/9784062121637「新・考えるヒント」池田晶子講談社

考えることの重要性を訴えたい気持ちは分かるが、考えることを重視するあまり言葉が行動を伴わない空虚さが目に余った。そもそも考えるだけで事の済む世の中でもないのに、考えない人はやり玉にあげられ、考える人はあまりいないとされている。考えるとはどういうことかが問われようが、それは著者自身の思索の軌跡がそれを物語っているのだろう。しかし、著者の思索とは言っても私にとってみれば空漠たるもので、何か私自身に残ったかと言えば極めて疑問だ。なけなしのお金で買って少なからず期待してたのに、とんだ外れくじだった。

2014/8/22/9784480092700「新編 普通をだれも教えてくれない(ちくま学芸文庫)」鷲田清一筑摩書房

一度著者の書いた別の本を読んだことがあるが、あまりの難解に挫折してしまった。多くの哲学者がそうであるように、その本に書かれたことは西洋哲学の本で鍛えた思考をそのまま披瀝していたものだったに違いない。その点、本書ではそれよりも多分に一般読者に分かりやすい表現で語られている。記述は非常に面白く、思うにそれは西洋哲学で鍛えた思考が素地だろうけれども、さらに進んで日本の一般市民の声にしっかり耳を傾けてきた体験があるからこその深みなのではないか。従って、内容は現代の問題に果敢に切り込んでおり、時に同情を示し、時にある層への批判を躊躇しない。よって、この著書を書くに際して、多大な緊張を自らの内に孕んだであろうことは想像に難くない。そんな作品にそんな人物に出会えたことを私はとても幸福に思う。

2014/8/1/9784781912424「教育心理学―より充実した学びのために(コンパクト新心理学ライブラリ)」多鹿秀継(サイエンス社

教育に関心がある者には面白い論述となっているのではないか。本書では、主として教育現場で実践すべき方法を提供する目的で論じられている。私としては、教育そのものへの関心を満たすというよりも、自分の学習方法を客観的に反省する手立てを得るという意味で、有益だった。つまりは、学ぶということの構造を根本的に分析しており、その記述が私自身の自己理解を促す効用があったように感じる。例えば、ある分野の技に熟練するには、5000時間の練習を必要とするという。そう考えると、私が短歌を曲がりなりにも詠めるようになるには、それだけの修練を必要とし、それは人間の知的営為として必要欠くべからざる練習量だったと理解できる。その他にも、啓発される記述に富んだ本であり、にわかに筆舌に尽くすことはできない、豊富な内容を持っていた。

2014/7/19/9784781910376「性格の心理―ビッグファイブと臨床からみたパーソナリティ(コンパクト新心理学ライブラリ)」丹野義彦(サイエンス社

いい本だった。もともと実験結果の数値を追うよりも、定性的な記述を好むので、本書のように性格の分類や精神疾患の理論付けを行う説明は楽しかった。心理学は、欧米人ではなく、日本人にマッチしたものを構築しないと、欧米から心理学を輸入しただけで、日本人を理解することは困難だろうと私自身考えているので、特に日本人研究者の理論に注目して読んだが、読み進めていくと、外国の研究にも興味深いものがたくさんあり、人間心理を読み解くのに参考になるなと感じた。ただ、心理を取り扱う上で、本書では、文化とか国民性があまり考慮に入っていない感じがした。その難点があるので、欧米の研究を我々日本人にそのまま当てはめるのは妥当ではないと感じた。

2014/7/9/9784781909530「学習の心理―行動のメカニズムを探る(コンパクト新心理学ライブラリ)」実森正子, 中島定彦(サイエンス社

入門書とは違って、学問的に検討しようとする色合いが極めて濃い。従って、難解な心理学的用語を多用して、論を展開し、そのことで、本書を理解することが非常に難しくなっている。しかし、不十分な理解ながらも、心理学的な考え方を身に着けて来たのか、あまりにも不十分な理解のままにやり過ごすと、自分の心に混乱がもたらされるのでないかと、怖れが生じることにもつながった。心理学とは相性がいいと感じていたが、ここまでの難解を目の当たりにすると、この学習も苦行になって来た。とはいえ、学問修養は苦しい面もあり、一方でウキウキもすることなので、粘り強く学習を進めたい。

2014/6/20/9784781913384「心理学―心のはたらきを知る(コンパクト新心理学ライブラリ)」梅本堯夫, 岡本浩一, 高橋雅延, 大山 正(サイエンス社

一般向きの入門書とはまた違う面白さがあった。内容は、心理学全体を見渡すために、心理学の各領域に関して概略を述べたものである。従って、入門的な内容だが、大学生向きに書かれただけあって、心理学を学問的に追求するための概念的道具を提供しようとする向きが強い。そうした道具によって人間心理を眺める時、距離をとって見るためだろうか、強い面白みを感じた。今後とも心理学を学び深めていく弾みがついた感じである。

2014/6/10/9784479794332「申し訳ない、御社をつぶしたのは私です。」カレン・フェラン(大和書房)

刺激的なタイトルとは裏腹に、実に率直に業界の模様を、そして人間のあり方を述べている。明晰な頭脳によって既成の説や手法を論破していくというよりも、著者の経験を豊富に取り込みながら、いかに現代に悪しきコンサルティング手法が蔓延しているかを明らかにしている。特に、著者は自分の経験を語るのに熱心だが、それもこれも著者の個性が非常に魅力的であるため、その内容に引き込まれる。恐らく、内省的な人なのだろう、自分の経験してきたことを解釈するところには知性の光があり、非常に読ませる内容だ。著者の身に着けた学説や手法は自分の経験を解釈するのに一際役立っているが、学説それ自体の評価に理論的に取り組むタイプではあるまい。また、あるべきビジネスの姿を提示してはいるものの、一番の見どころはそこではなく、著者の経験を解釈するくだりが一番面白い。

2014/5/31/9784757222991「面白くてよくわかる!心理学入門」齊藤勇(アスペクト

心理学の全体を見渡そうという目標を立て、そのための第一歩として選んだのが本書である。今の今に至るまで門外漢を貫き通して来たため、心理学にさして関心を払って来なかったが、仕事に役立つと聞き及んだところから、心理学を学ぼうと志を立てた次第である。さて、入門書である本書を読み進めていく中で、親しみのある考え方や概念に出くわす場面が多々あり、我々の生活には心理学の思想が多く流入していることが察せられた。幼児期に反抗期を経ることや負の感情を芸術作品に投影して乗り越える昇華など、私にも馴染み深い考え方だった。これから時間をかけて、心理学を学習していく予定だが、そのスタートとして本書は非常に有益な本だった。

2014/5/27/9784625663147「戦国策 新版(新書漢文大系 5)」林秀一, 福田襄之介(明治書院

漢文の原文は固より、漢文の読み下し文でさえも読むのに大いに支障があるとはいえ、漢学への関心があって、読んでみた。忠義に死ぬものや謀略にあって追われるもの、その弁舌ひとつをもって祖国を救うもの、実に壮大な人間ドラマである。読むのに難があるため、十分に理解しながら味わったわけではないが、それでも胸に迫るものが強くあった。

2014/5/21/9784480084880「日本文学史序説 下(ちくま学芸文庫)」加藤周一筑摩書房

極めて豊穣な思想を受け取ることができた。それは、主要な作家を知的伝統の流れの中に位置づけた思想であり、その人物と作品の価値を見定めた論文であった。日本人が、外来思想を受け入れながらも、いかに日本的なものと分かちがたく生きていたかが、詳論されている。キリスト教マルクス主義という絶対的価値によって日本社会が席巻されても、万葉集以来意識された日本的土着思想は連綿と生き続けたし、それは現代の作品に明らかに具現していた。それは、あらゆる外来思想を日本化してしまう力であったし、現代風に言えば、ミッキーマウスでさえも日本化してしまう力ではないか。ミッキーマウスを受け入れるには、つまり、土着思想そのものである日本語をミッキーマウスが語らなければならなかった。そうやって、外来の文物を日本に取り入れてしまう日本人の消化力は驚くべきである。

2014/5/15/9784893468055「通勤大学MBA10 ゲーム理論(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

ゲーム理論が適用される状況について、政治の場であれ、ビジネスであれ、理解することができた。この理論を十分に身に着けて実戦に活かすことができれば、本人の思考は革新的な進歩を遂げたと言ってよいだろう。この理論も考案された当初は、思考革命だったはずだ。しかし、人口に膾炙するに及び、その優位性は保持できなくなったのだろう。つまり、みんな知っているから、それをもって武器とするには十分でなくなったのだ。その意味で、企業会計を分析し経営改善をもたらすアカウンティングにしろ、投資を最適に導くコーポレートファイナンスにしろ、最初は思考革命であっただろうが、少数の人の専売特許でなくなるに及び、優位性がなくなったのだろう。この意味で、思考を鍛えてきた私にどんな思考革命が起きているのか、自問せざるを得ない。ゲーム理論が政治やビジネスの場で力を発揮するように、私の思考はどんな分野で活きるのか、知りたい。この意味で、ゲーム理論を学んだことは、それ自体を実践に生かすというよりも、私の思考が活きる場はどこなのか知る上での基礎教養として役に立った。私の思考はビジネスに通用するか、もっと具体的に、人材ビジネスか、それとも日常会話そのものか、あるいは人生を生きることに向けてなのか、これからも様々な学問や日常のシチュエーションに照らし合わせながら、模索し、自分の生きる場を考えなければならない。

2014/5/4/9784003361719「学問の進歩(岩波文庫 青 617-1)」ベーコン(岩波書店

なかなか面白かった。様々な学問分野に関して、哲学的な枠組みを使って説明を加えている。神学に属する部分はあまり関心がなかったが、当時の知的水準を踏まえて未来を見通す上で、キリスト教は本書の説の基幹を成しているように読めた。一方で、論理学や道徳哲学は非常に示唆的で面白かった。キリスト教の信仰を持たない私からしても、西洋哲学の受容は必要だと思うが、それには西洋哲学からキリスト教を分離して、一方で我々に馴染み深い仏教や儒教と融合を図ることが必要だと思う。それが哲学の日本化に他ならず、西田幾太郎や田辺元と軌を一にすることである。そしてそれが強力な思考を手に入れる道であると思う。

2014/5/2/9784893467843「通勤大学MBA8 Q&Aケーススタディ(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

初めは、設問を解くというスタイルに慣れないため、苦痛を伴う読解になるかと思ったが、読み進めて行くと、実に面白くて刺激的な本であることが分かった。ただ、自分の得手不得手が非常にはっきりするので、得意な分野は面白いが、不得意な分野は全く楽しめないのも本書の特徴であるかと思う。私にとって、マーケティングとストラテジーとヒューマンリソースは、設問を解いていくのに、非常に面白かった。それを通じて気が付いたことだが、私もまた古くからのやり方ではなく、現代的な手法に親和性を感じているという事実が顕わになった。一方、アカウンティングとコーポレートファイナンスは全く手が出ず、読み飛ばして終わりにしてしまった。このように、得手不得手がはっきりしたことは今後の進路にも多少響くものと思われる。

2014/4/23/9784893468284「通勤大学MBA11 MOT―テクノロジーマネジメント(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

テクノロジーという観点から経営を考えた本である。読んでみて、経営的な視点でビジネスを眺める面白さを再確認した。ただ、テクノロジーを使って、コストカットや商品の差別化を追求する重要性は頷けるが、それ以上に商品やサービスをどういう形で提供するのかという点に興味がある。それは単刀直入に言えば、コミュニティーを作ることだと考えている。自分が本気で帰属したい集団があれば、お金を払うのだと思う。テクノロジーの追求により、いかに安く、いかによい品を、という視点は、そうした商品を具現化できれば、革新性があるが、思うに、企業は今後人の生き方にまで深く関わってこそ、生き残りが図れるように感じる。

2014/4/10/9784893469380「通勤大学MBA14 クリエイティブシンキング(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

論理的思考の限界を指摘し、創造的思考の必要性を訴えたのが本書である。要点は、思考に揺さぶりをかけて既成の思考パターンから脱却し、新しいアイデアを獲得しようとするものである。本書では、脳の特性を踏まえた上で、どのようにしたら新しいアイデアが得られるか、そのための方法がいくつも紹介されている。一読してみて、それらの方法に対し若干の拒否反応を示してしまうのは、外国のやり方というにとどまらず、私の思考が柔軟さを欠いているためだろう。事例で示されるアイデアとそのためのプロセスを読むと、中には面白く感じるものもあり、この方法の破壊力に他ならないだろうが、いまいち実践する気になれないのは、やはり頭が固いのだろうか。

2014/4/7/978448008487「日本文学史序説 上(ちくま学芸文庫)」加藤周一筑摩書房

大学者に出会ったというのが率直な感想である。どの程度かと言えば、和辻哲郎にも匹敵する学者だと感じた。内容については、文学史というよりも、思想史に近い。それぞれの時代における主要な作品を通じて、人々の考え方や階層ごとの思想を明らかにしている。この本を通じて、日本には超越的な価値や体系的な理論よりも、具体的で実際的な話を好む傾向が強いであろうことが窺えた。つまり、日本にカントやマルクスが生まれなかった理由がこのあたりにあり、かと言って、文学に関しては、欧米に先行する流れが何度も顕在化していたという事実がある。吉田兼好がジェイムス・ジョイスに先駆けて、意識の流れを文章に綴ってきたことなど。日本人が理論的著作よりも、文学作品によって己の精神に意味を与えていたという、著者の見解には共鳴した。

2014/3/30/9784893469151「通勤大学MBA13 統計学(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

読解していくのにかなり苦戦した。我慢して一通り読むには読んだが、統計学の要である数式に関して、全くと言っていいほど理解ができなかった。従って、実務に活用するなどということは到底不可能であり、この分野の業務は遂行できないだろう。本書での収穫はと言えば、統計学の考え方に触れたということであり、様々な事象に関して、数学的に記述して予測を立てることができる、という点が分かって良かった。

2014/3/10/9784893467652「通勤大学MBA6 ヒューマンリソース(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

仕事へのやる気であるとか、リーダーシップであるとか、人事、などについて極めて論理的に考察されている。説明の裏づけとして必ず科学的理論が控えているため、それを実地に使うのに十分な理解をもってできるかと言ったら、私には全く自信がない。欧米の考え方なので、そもそも日本の精神的土壌になじむかどうかが疑問だ。こうした理論や方法を取り入れるにしても、日本人としてもう一度考え方を練り直す必要がある気がしてならない。

2014/3/5/9784893467935「通勤大学MBA9 経済学(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

経営学が経営をうまく運用するためのフレームワークを示すのに対して、経済学は経済現象を読み解くためのモデルを示す、という説明はわかりやすかった。経済学のモデルは理論上のモデルであり、単純化されたモデルである、ということだ。しかし、複雑極まりなく、取り付くしまのない経済現象にそれを適用することによって、現実の解釈が容易になり、それが経済学を有用なものにしている所以である。面白かったのは、若干触れられているに過ぎないが、数学が取り入れられた経済学は、最近では心理学の実験の手法を取り入れるに至った、ということである。興味深いことである。

2014/3/1/9784862801982「通勤大学 MBA 1 マネジメント 新版(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

この本は第1巻だが、2巻以降で扱われる内容について、本書は概略的な説明を行っている。具体的には、マーケティングクリティカルシンキング、アカウンティング、コーポレートファイナンス、人的資源管理と組織行動、ストラテジー、が扱われている。私は、一部を除き、本書を読む前から2巻以降の内容を学習していたので、理解はしやすかったが、それでも、得意な科目とそうでないものとでは理解するスピードに差が見られた。個人的には、計数管理よりも、定性的な検討を得意としているので、マーケティングクリティカルシンキングやストラテジーはより面白かった。総じて、各科目の確認という形で読めたのは、自信になった。

2014/2/23/9784893467621「通勤大学MBA5 コーポレートファイナンス(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

事業に投資する重要性はその通りなので、しっかり読んだが、算式の意味するところについて丁寧な説明がなかったため、根本的に理解したとは言えない。ただ、私個人としてファイナンスに関し入門的な段階にあるので、用語や考え方に慣れるという意味では有用だった。従って、所載の算式を駆使して経営の意思決定を行うという域には到底達しておらず、さらなる学習を必要とする。

2014/2/5/9784862803467「通勤大学MBA15 ブランディング(通勤大学文庫)」坂手康志, 小々馬敦(総合法令出版)

ブランドとは何かから始まり、ブランドを構築していくための方法論、また、ブランドを巡る日本企業の現状、その意義、などなど、ブランドにまつわる話がてんこ盛りの一冊である。個人的には、日本企業がブランドに重きを置かず、品質や性能の追求に走ったため、欧米企業に大きく出遅れたという話が興味深かった。さらには、日本企業の意思決定や日本の教育にまで話が及び、その弱点を指摘するという論理は一般論の域を出ておらず、新しさには欠けるが、ブランドという観点から見た時、確かに日本人はかなり弱小であり、私にとってはそもそも日本企業はブランドで欧米と対決すべきかという問題が残った。品質重視が行き詰まりを見せている現状において、その打開策は何か、改めて考えるきっかけとしても、本書は有益である。

2014/1/27/「図解で身につく!ランチェスター戦略(中経の文庫)」NPOランチェスター協会(KADOKAWA/中経出版

セオリーによって経営を導く、そういう本だった。他の本で学んだ戦略も紹介されており、文庫ながら、体系的な理解が経営に対してできる内容になっている。ただ、経営に関して素人である私には、戦略に関する色々な説明も、実感が今一つ出て来なかった。従って、算式の意味するところに関して、まずは実感をもって理解することから始めなければ、と思った。そうしないと、現場の複雑な課題に対して、柔軟な対応ができないだろう。私のことはさておき、この本は総じて科学的な方法に貫かれていると感じた。

2014/1/17/9784893467614「通勤大学MBA4 アカウンティング(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

初めの内は数字を追いかけながらつじつまを合わせることで、計数管理の面白さを実感できたが、次第に高度な理解が算式に関して求められてくると、読む側はてんてこ舞いだった。とはいえ、財務から企業経営を分析していく手法について、イメージはつかめ、良かった。

2014/1/16/9784003811085「日本倫理思想史 4(岩波文庫)」和辻哲郎岩波書店

面白かった。現代人の我々から見て感覚的に頷けない部分はある。例えば、日本による中国侵攻が西洋列強の植民地分割に歯止めをかけたとかいう論点は違和感があった。しかしながら、多くの点で我々が受け入れている意見に合致する見解が示されていた。国学の学説として、教えを否定し、物語や和歌の内に理想の生き方を求めるという和辻の見方も国学への認識として頷けたし、明治時代の国民道徳の非を説き、漱石や新渡戸を高く評価する意見にも頷けた。すなわち、大体において和辻の見方は現代の潮流となっているように感じた。総じて、4冊もあったこの著作は楽しかった。

2014/1/9/9784893468420「通勤大学MBA12 メンタルマネジメント(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

企業戦略とはまた違って、メンタルマネジメントの重要性が理解できた。メンタルマネジメントは自己マネジメントと対人マネジメントから成り、自己マネジメントすなわち自分の心をマネジメントできて初めて、対人マネジメントすなわち他人をマネジメントできるとされている。印象深いのは、自己イメージの重要性であり、自分ができると思わなければ、成功はおぼつかないのであり、逆に自己イメージが鮮明であれば、その現実化に向けて人は歩みを進めるということである。私にとって成功するイメージは形成されているか、自問するような知見だった。

2014/1/2/9784003811078「日本倫理思想史 3(岩波文庫)」和辻哲郎岩波書店

日本の倫理思想を理解する書物として欠かせない著作だという印象を持った。本書は、室町時代後半から江戸時代初期にかけての倫理思想の展開を扱っている。この時代において戦国の世の影響は大きく、武士としていかに戦国を生きるかという主題が追求されていた。江戸時代になっても、いわゆる武士道の伝統は抜き難かったが、儒教が正統な思想として主導権を握ると、大いに合理的な考え方が導入され、日本の伝統思想の一面を決して行ったというのが歴史的事実である。私にとっては特に民間において展開された儒学に興味があり、改めて伊藤東涯などの原典に当たってみようかと考えている次第である。

2013/12/29/9784862803450「通勤大学MBA2 マーケティング(新版)(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

マーケティングと言っても、いまいちその実際の活動が理解できていなかった私だが、本書を読むことによって曲がりなりにもマーケティングのイメージや広がりをつかむことができた。本書では、マーケティングの実際の手法について概要を示すにとどまっており、これだけでは実務につながらないだろうが、初学者にとってはマーケティングのイメージをつかむことができ、格好の入門書である。MBAの対象とする領域は幅広いが、どれも私にとって刺激的で、このマーケティングもそれなりに面白く読めた。

2013/12/13/9784862803726「通勤大学MBA3 クリティカルシンキング(新版)(通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

課題を見つける力、課題を設定してから論理的に考えて解決策を導き出す力、計画を実行するための方法論、この三本柱で本書は構成されている。課題設定では、いかに独断に陥らず、実状を見抜くかについて、方法論や心構えが述べられている。論理的思考では、基本的な思考の枠が示され、ビジネスにおいて説得力ある論理展開どうあるべきかが指南されている。実行のための方法論では、ピラミッド構造の論理が強調されている。ピラミッド構造とは、全体から個別へと話を進め、事の因果関係を押さえると共に、もれなくダブりなく項目を立てる方法である。これだけの実力を身に着けて、ビジネス社会を生き抜けたら、さぞかし痛快であろうという印象である。

2013/12/7/9784893467669「通勤大学MBA7 ストラテジー (通勤大学文庫)」グローバルタスクフォース(総合法令出版)

経営的な視点を得ようと、手に取った次第である。本書は、内容的に戦略に関して考え方の枠組みを示すにとどまっており、それを肉付けするような具体例は必要最低限である。従って、おもしろみのある読み物ではなく、あくまで教科書的な記述となっている。しかしながら、経営に関して興味のある者にとっては、戦略を策定・実行する重要性がダイナミックな論理でもって説明されていて、興味が尽きない。分量の制約上、思考の枠組みを示すのが精一杯だったのであろうが、私にとっては面白く、一気に読んでしまった。シリーズ本を読み進めるつもりである。

2013/11/30/「経営パワーの危機 会社再建の企業変革ドラマ(日経ビジネス人文庫)」三枝匡日本経済新聞出版社

感動した。経営者として何を考え何をなすべきかが、物語と解説の二本立てで描かれており、大変興味深かった。再建のシナリオにしても、成長戦略にしても、全体を俯瞰する視点と共に描かれている。また、経営者として個人的な心情の揺れなどもあり、その人間的な部分が共感を呼んだ。特に、新製品が完成するまでの間、組織が不安定化し、主人公である社長の心にも不安が広がったあたりに、私も一緒になって心配もした。総じて、ビジネス活動を通して人間ドラマが繰り広げられ、それが現実の出来事に裏打ちされているのだから、読者に対して力強く訴えてくるのである

2013/11/20/「考え抜く社員を増やせ!大転換期の「対応力」を育てる法(日経ビジネス人文庫)」柴田昌治(日本経済新聞出版社

仕事の意味や目的を考えるということを呪文のように繰り返しているので、そのことに逆にとらわれているのではないかと感じる節もあるが、その重要性を説明するくだりは説得力がある。例えば、物事の意味を考えず、仕事を効率的にさばくことに力を注ぐ人は、仕事に対するエネルギーも小さくなっていくという。なぜなら、さばくだけでは、仕事の意味や目的が認識されず、そのことが当人のやる気を著しくそいでいくからである。私にしても、さばくことに力を注いでいたため、コミュニケーションも十分にとれず、仕事が苦痛になっていた。そこで、仕事の意味を問いながら仕事してみると、驚くほど気持ちが楽になったのである。本書の主張に救われたのは私だけではあるまい。

2013/11/16/9784062815109「日本人というリスク(講談社+α文庫)」橘玲講談社

主としてお金という観点から人生に潜むリスクについて考察を加えている。労働の価値を人的資本とし、日本人はこの人的資本とマイホームという金融資本に頼り過ぎるため、人生を生きるリスクが極大化していると説いている。また、会社勤めについては、伽藍とバザールという考え方を提示し、伽藍の会社は閉じた世界で、特殊技能によって仕事するため、流動性が少ないけれども、バザールの会社は、外に対して開かれており、一般技能で働くため、他の会社でも通用する。伽藍の世界では、40歳を過ぎれば特殊技能で働くため転職の余地がなく、リストラで人的資本が突然0円になりかねない。これが日本人のリスクが極大化している理由であるという。私も肝に銘じて今後を生きたい。

2013/11/9/9784532191450「戦略プロフェッショナル―シェア逆転の企業変革ドラマ(日経ビジネス人文庫)」三枝匡日本経済新聞社

非常に夢中になって一気に読んでしまった。この本は企業戦略について物語を使って明らかにしていく構成をとっている。主人公が企業戦略のセオリーを使って会社の事業を展開していく様は実にスリリングで刺激的である。戦国時代の群雄割拠が現代では企業の競争という形になっている感じがして、しかも実体験に基づいているとのことなので、インパクトが違う。学者の論理的な文章も啓発されることはあるが、それとはまた違い、現実感が非常に濃くて刺激的だ。私は経営のノウハウは全く無知で及びも付かないが、この本には一つの世界が広がっており、ためになった。

2013/9/29/9784479392408「コミュニケイションのレッスン」鴻上尚史(大和書房)

タイトルの通り、コミュニケーションを上手にとるための指南をしてくれる本である。良いコミュニケーションのための対処療法を述べるにとどまらず、なぜコミュニケーションでつまずくのかということの社会背景にまで言及しているので、非常に納得感がある。問題の根が深い事柄に関しては、著者なりの哲学的見解も示されており、主張は首尾一貫している。例えば、どんな相手でも態度が一貫しているのが美点とされる伝統に対しては、そもそも弱い立場の人にでも謙虚に接することを言うのであって、家庭の自分、会社の自分、友人としての自分、それぞれは違っていて全く構わなく、むしろそれが自然なあり方だと説いている。他にも著者なりの主張を存分に披瀝しており、私としては非常に啓発された。

2013/9/23/9784003811061「日本倫理思想史 2(岩波文庫)」和辻哲郎岩波書店

鎌倉・室町両時代に見られる倫理思想について詳述している。特にこの時代においては武士が台頭して時代を突き動かしていたから、当然武士の思想が論じられている。それは一言で言えば、献身の道徳であり、主従関係を通じて主君に献身する美しさなりが強調されている。室町時代においては下剋上の風潮もあり、現実にこの思想が信奉されたかは甚だ怪しくなるが、理想としてはまだまだこの献身の道徳は力強く作用していたようだ。一方、民衆の間では、魂の救済が切実に求められていたが、そんな中、宗教を通じて慈悲の道徳が基調となっていた。また、室町時代ともなると、和製ルネッサンスとも言うべき事態が生じ、平安時代の精神が尊重され、文芸や倫理思想の上で著しい復古が見られた。このように、古代からの伝統に新しい要素が加味されると共に、その時代その時代の精神ははっきりと認められるのが理解される。

2013/9/20/9784532317454「変化の時代、変わる力―続・経営思考の「補助線」」御立尚資日本経済新聞出版社

比較的短い文章の集まりとなっているため、論の構成は小規模だが、一つ一つは新しい知見に支えられており、啓発される。著者は世界を股にかけて活躍するビジネスマンのようで、話がグローバルである。例えば、北欧の事例を参考にして医療の新しい形を提起したり、リバースイノベーションとして新興国の実情に合わせた技術革新や新しいビジネスモデルの確立を説いている。まさしく時代を先読みする試みであり、学生ならば自分の進路を再考するを余儀なくされよう。続編が期待される。

2013/7/28/9784419058098「経営学講義―世界に通じるマネジメント」寺岡寛(税務経理協会)

定価は高かったが、非常に満足の行く内容だった。世の中には様々なものに価値が置かれそのことが論じられ語られているが、この本はビジネス書という性質上、当然ながらビジネスに価値が置かれ論じられている。ただ、そこから派生して、軍隊のマネジメントが取り上げられたり、映画が論じられたりしている。特に、軍隊のマネジメントは詳しく検証されており、私にとって軍隊のイメージを転換させる力があった。また、ビジネスを究明する観点から、経済小説を取り上げて当時の時代背景を浮き彫りにし、問題点や課題を指摘する筆法をとっている。高度経済成長期に通用した経営スタイルがもはや通用しない点や、バブル崩壊後のデフレ時代にあって企業の活性化のためには何が必要か、論じている。現代を含め、古今東西の時代状況を検証して、マメジメントの本質に迫る筆致は力強かった。

2013/6/23/9784003811054「日本倫理思想史 1(岩波文庫)」和辻哲郎岩波書店

その時代その時代の出来事や潮流に関連付けながら、当時の倫理思想を明らかにしている。まず考古学的成果を援用しつつ、原始社会の実態を浮き彫りにしている。特に、大和朝廷による日本統一を経て、祭祀的な権威の下、日本が統率される様が描き出されている。その後、シナ文明の輸入により、知力を使った政治に開眼していくのにあわせ、祭祀的統一から政治的統一に移行していく過程が描かれている。そこでは、宗教的権威の下にある情誼的紐帯を脱して、法による支配が確立していった。ただ、天皇の権威は依然強力であり、その権力の下に政治組織が編成されていた。それが大化の改新以後の政治状況であった。こうした流れが当時の状況を追う形で詳述されている。これらは日本の思想の源流であり、日本人とは何者かを考える上で、欠かせない教養である。

2013/6/17/9784532318086「人が育つ会社をつくる(新版)―キャリア創造のマネジメント」高橋俊介(日本経済新聞出版社

本書のキーワードはマネジメントやキャリアであり、人材育成の視点が強くなっている。例えば、これからの人材育成として、過去頻りに用いられたOJT型は限界を呈しているとし、コーチング型マネジメントの必要性や横のつながりによる学習を勧めている。特に、上司に部下の育成を一任するのは、限界に来ているとしている。総じて、過去の企業統治を批判しつつ、新たなあり方を示している点は、読んでいて痛快だった。ただ、抽象性の高い議論は理解するのに苦労するし、もっと豊富に具体例を盛り込んでくれると、理解の一助になったと感じた。そもそも、著者は抽象性の高い知を重視しているので、読者の想像力を期待してのことかもしれないが。

2013/5/20/9784818528352「チームビルディングの技術―みんなを本気にさせるマネジメントの基本18」関島康雄(日本経団連出版)

非常に参考になった。チームとは言っても、プロジェクトチームや研修でのチームなど一時的なチームを指していたようだが、それでも非常に勉強になった。例えば、チーム内の議論にしても、結果は見えているよとかいう議論の壊し屋であるとか、新しいアイデアを台無しにする安易なまとめ役であるとか、議論の際に気を付けるべき点が述べられている。ただ、アメリカ式の流儀を取り入れたのか、何でも白黒をはっきりさせる議論の進め方をしており、現実においてそう簡単には割り切れない現象もあるのではないかと感じた。とは言え、叙述は具体例に裏打ちされており、説得力がある。大いに参考になる著書だった。

2013/5/6/9784003101339「子規歌集(岩波文庫)」正岡子規岩波書店

古典として扱われるべきであろうが、私にはそれほどのインパクトがなかった。確かに、短歌を詠む上では、学ぶべき点が多くある。当時の世相や身近な出来事を詠むにしても、和歌の伝統を引き受けて、枕詞を巧みに使うなど、過去の手法を近代文学に見事に引き入れている。また、和歌の形もでき上がっており、子規の歌は取り入れるべき多くの要素を持っている。ただ、読んでいて、感動がない。うまいのだが、感興を催さないのが玉に瑕である。そういう意味では、短歌に関しては、もっと昔に帰るべきかもしれない。

2013/5/3/9784582833577「21世紀の国富論原丈人平凡社

本書は、著者の経験に裏打ちされた、今後の経済に対する見通しである。日米両国のみならず、世界を舞台に活動してきただけあって、日本を論じるにしても、外から眺める視点を持っている。例えば、日本の意思決定が多数者の合意の上で行われる点はよく指摘されるにしても、株価の指標であるROEの追求が行き過ぎると、新技術の育成に障害になる点を指摘したのは卓見である。これだけではなく、本書には実に新しい経済思想がてんこ盛りであり、時代を先取りしていると言えるのではないか。少なくとも、理想論の域を出て、実現可能な予感を抱かせるに十分な論説となっている。

2013/2/6/9784582763201「四書五経入門―中国思想の形成と展開(平凡社ライブラリー)」竹内照夫平凡社

タイトルの通り、儒教の経典に関して入門的な説明がなされており、儒教を知りたい人には適当な本であろう。私事ではあるが、儒教の倫理を信条とする私にとっては、儒教を客観的に眺める材料となった。儒教は極めて合理主義的な教説であるから、世俗の問題を処するに際し、大いに役立つという点が気に入っている。ただ、西洋的な思想の大流入する現代社会にあって、それと儒教との接触がどのような形で可能か、明示する必要があろう。例えば、現代は男女平等の社会であるが、男性優位とする儒教にどのような解釈を加えるか。また、法の支配を国是とするわが国で、徳治主義儒教はどのように活かされるか。とはいえ、現実の生を生きるのに、儒教はまだまだ示唆的であり、支えとなる。要は、この古層の上に立って、どう新しきを築くかである。

2013/1/20/9784582763577「西洋古代・中世哲学史(平凡社ライブラリー)」クラウス・リーゼンフーバー(平凡社

古代ギリシアの英知について触れるが、そのこと以上に古代・中世の西欧社会において、人々が神とどのような形で向かい合ったかが、歴史的な観点から述べられている。これは私見だが、世界観の理解や神認識に関して、論理的に考察するだけで、解答を得ようとしている方法が目に付いた。すなわち、事実に知見を適用することによって、検証を行うという態度が見られず、抽象的な議論に終始するあまり、雲を掴むような取り留めのなさが目に付いた。例えば、矛盾律で結論を導き、現実での検証を行わないといったことが見受けられた。確かに、こうした批判は、現代的な方法に親しんでいるが故のものであるとは言えるが、それでも、論理は論理でも、中世に行われた論理に親しむ気にはなれない。また、当時の関心が極めて宗教と関わりが深く、現代とは大いに異なると感じた

2012/12/30/9784061596801「経験と教育(講談社学術文庫)」ジョン・デューイ講談社

私は教育関係者ではないが、デューイによって語られる教育論を読むと、自分も教育に参画したい衝動が湧き起った。それだけ、この論文は本質的に問題を論じており、また明快な論である。ただ、理想を高々と描き出しているため、教育の実務に携わる者にとっては、実情はそうたやすいものではないと感じられるのではないか。例えば、デューイによって再三教育は生徒の経験から始めるものだと主張されているが、学問の知を実社会に利用する現代社会にあって、今の総合的学習に見られるような学習法を重視しすぎる弊害は少なからずあるような気がしている。だからといって、過去の学問的成果を詰め込むのも、意欲をそぐ結果になりかねず、デューイの懸念に大いに同調するところである。難しい問題である。

2012/11/4/9784003313312「中国文明論集(岩波文庫)」宮崎市定, 砺波護(岩波書店

はっきりとした歴史観が打ち出されており、小気味よい。それによると、古代帝国の頂点をなしているのは前漢王朝であり、それ以後中世社会に入って停滞してしまうが、宋王朝において再び社会の上昇があり、東洋のルネッサンスと言い得る現象が起きたとしている。著者の叙述は、時代時代の社会現象をできるだけ具体的に描いている。中には、自分の関心のないことがつらつらと書かれていて、退屈な部分もあるが、それをさらに推し進めて、中国社会における歴史的変遷を浮き彫りにする手腕は感心した。

2012/10/23/9784003361726「ノヴム・オルガヌム―新機関(岩波文庫 青 617-2)」ベーコン(岩波書店

当時の閉塞した学問の変革のため、巧みな比喩を用いながら、まさに手探りで未来の学問を照らしていったベーコンには感心する。ベーコンが言うに、精神は裸の力で突き進もうとしても、過ちやすく、補助手段を得てこそ、力が倍加すると。例えば、円や直線を引くのに、素手で書けば、ゆがみやすいが、コンパスや定規を使えば、仕上がりは全く違う。ただ、知識と技術を用いれば、自然は支配が出来るとした点に関しては、よく言われているように、現代ではその限界が指摘されている。この著作は学問的な知見で満ち満ちており、現代においても通用するものは多い。

2012/10/17/9784000057035「電子図書館 新装版」長尾真(岩波書店

1994年当時に書かれた著作としてはかなり進んでいるだろう。岡本真氏が述べているように、著者の構想を今実現するために行動を起こしても、決して時代錯誤ではない。むしろ、図書館業界が電子図書館に向けては、遅々として前進を見ないほうが驚きかもしれない。確かに、日本では電子図書の普及に幾多の障壁があり、図書館としても様子を見ている観はあるだろう。しかし、検索一つとって見ても、1994年当時の著者の構想がまだまだ実現を見ないのは、図書館界の硬直した体質とでも言うべきではないだろうか。私の方でも、著者の議論についていけないところはあったが、理解した限りでは、この本の構想は全然古びてない。

2012/10/10/9784887598089「電子書籍の衝撃(ディスカヴァー携書)」佐々木俊尚ディスカヴァー・トゥエンティワン

始めはありきたりのことを言っている印象だったが、読み進めていくにつれ、著者の見通しに舌を巻いた感じである。キンドルiPadが衝撃の出来事だったのは衆目の一致するところであり、殊更に言うのは今更というものである。しかし、著者はそれにとどまらず、もう一歩も二歩も深い見解を持っていた。まず、著者は音楽業界に詳しいので、それとの対比で出版業界の行く末を見通した。それによると、アップル社の戦略によって、音楽がいつでもどこでも聞ける環境が整ったが、書籍に関しても同じことが起きるとしている。さらに、個々人の関心に合った本を見つけるのに、従来は広告や作家名などが頼りだったが、これからはソーシャルメディアを通して本の情報が共有されることにより、良書を見つけるようになる、とのことである。したがって、今後はマスメディアよってではなく、ソーシャルメディアを経由した小さなコミュニティの中で本が読まれるということである。今までに見聞きしたことと符合する見解であり、はっとするものだった。

2012/10/9/9784634590717「もういちど読む山川倫理」(山川出版社

概説書ばかり読むものではないと大学の先生が言っていたが、たまに読むと、各思想の要点を把握できて便利である。この本は、その意味でも良書である。確認の意味で読めたし、自分の知らない思想についても分かりやすい説明であった。また、論を起こすに当たって、身近に感じる問いかけから始めたり、論の趣旨が一言で掴める文で始めたり、文章の構成に配慮が見られた。一言で言えば、入門書だが、哲学の広さが分かりやすい言葉で感じられるので、秀逸である。

2012/9/27/9784480065766「電子書籍の時代は本当に来るのか(ちくま新書)」歌田明弘筑摩書房

いい書き手に出会ったという感想である。タイトルの通り、電子書籍を巡る動向については、詳しく論じられているが、それだけでなく、個々の具体的な出来事を丹念に分析する中で、ネットの潮流を見事に描き出している。情報共有に重点が置かれたネット社会にとって、無料であることが主流であったが、コンテンツ製作者の活動を支えるためにも、コンテンツへの課金がちらほら見られるようになっており、こうしたことがプラスに作用すればよい、という見解を示した。歴史的視座に立つ書きぶりは興味深かった。

2012/9/10/9784003362983「哲学史序論―哲学と哲学史(岩波文庫 青 629-8)」ヘーゲル岩波書店

ヘーゲルの叙述というものは予備知識がないと極めて難解である。ところで、ヘーゲルはこの著作で主として哲学というものを、宗教や自然科学と区別して、明確化を図ろうとしている。従って、哲学というものの輪郭がかなりくっきりと浮かび上がった内容になっている。ただ、それもヘーゲルの見解であり、我々の時代にまで妥当する考え方であるとは言い難いが。また、ヘーゲルは、ギリシア哲学に始まる哲学の系譜について、歴史的な発展という考え方に従って叙述している。よって、古代哲学に近代的な観念を持ち込むことは厳に戒めているし、発展の途上における自分たちの時代に関し、課題を意識している。さて、一通り読んでみての感想だが、やはりヘーゲル哲学をそのまま受容するのではなく、批判的な継承が必要であり、でなければ、時代錯誤に陥るということである。

2012/9/5/9784048689601「ルポ 電子書籍大国アメリカ(アスキー新書)」大原ケイ(アスキー・メディアワークス

著者はアメリカの出版事情に通暁した人であるので、そのことを語るだけでも我々日本人には新鮮である。さらに、アメリカと日本とを比較しながら、どちらかというと、日本の出版を保守的で硬直した業界のように論じている。電子書籍に関しては、取り立てて熱を帯びるでもなく、冷静に捉えており、日本の出版人よりはよほど明るく考えているようである。特に、紙の本と比べ、電子書籍の比重を極端に強くしてはいないが、デジタルに向かう潮流を肯定的に捉えている。

2012/8/18/9784166607983「出版大崩壊(文春新書)」山田順(文藝春秋

出版不況が言われて久しいが、その打開策として電子書籍に期待する論調がある。ただ、この本の著者は極めて悲観的な見方をしている。そもそもネット上のコンテンツはただで利用できるという慣習があるため、電子図書を価格を付けて販売しても、利益を上げるのは極めて難しく、今のところ電子書籍はビジネスにならないとしている。さらに、こうした、ただでコンテンツを利用する傾向が拡大すれば、コンテンツ産業は壊滅するという、暗い見通しに立っている。従って、著者の書く文章は暗い気分で満たされており、読む側ももの悲しい気持ちを何となく催してしまう。ただ、これもある程度の事実を言い当てた指摘だろう、と納得の行く議論になっているので、著者の現状認識には感心した。

2012/8/7/9784839934859「電子書籍の真実(マイコミ新書)」村瀬拓男(毎日コミュニケーションズ

本書は、電子書籍をめぐる諸問題について、主として出版社の視点から議論を進めた本である。従って、出版社としてどのように電子書籍の制作に取り組んだか、キンドルアイパッドを出版社としてどのような反応で受け止めたか、等々、出版人らしい視点で書かれている。電子書籍について学びたい者にとっては、基礎的な事項が解説されており、分かりやい説明である。ただ、贅沢を言えば、すらすらと読める分だけ、心地よく進み過ぎるきらいがある。

2012/7/29/9784480093875「公共哲学 政治における道徳を考える(ちくま学芸文庫)」マイケル・サンデル筑摩書房

アメリカの伝統や慣習において社会的に問題とされる事柄に関し、サンデルは哲学的に考察して、解明しようとしている。妊娠中絶や同性愛者、奴隷制等々の社会問題がよく具体例として持ち出されるのも、それらがアメリカ人にとって身近で重要な問題であるからだろう。サンデルは、ロールズに多大な影響を受けたらしく、ロールズをよく引き合いに出して、自説を強化したり、批判を加えたりしている。アメリカの直面する現実を知るには、良書であり、アメリカ的なもので満たされた内容である。

2012/6/11/9784003360217「法律 下(岩波文庫)」プラトン岩波書店

国制のあり方が細部にわたってまで論じられており、概念によって社会全般が明示されているのは評価できるし、現代社会を比較検討する際のよすがにできる点は偉大である。ただ、理念先行で、言葉で示したことを現実に適用できるのかという不安があるのがプラトンであり、例えば、国の進むべき進路を徳というキーワードで方向づけている点などは、頭だけで考えたような観があるし、現実はそう簡単に片付かないのではないかと思った。とはいえ、概念による社会の解明という点では、参考になるし、すごい。

2012/6/4/9784621053812「ウェブらしさを考える本(丸善ライブラリー―情報研シリーズ)」大向一輝, 池谷瑠絵(丸善出版

ウェブに関して常識的なことが語られる一方で、ウェブ全般を通観しているので、体系的な理解が進み、ウェブに関する手頃な入門書として最適と言える。個人的には、Facebookの特徴等の説明に頷きながらも、ブログの説明の段では、自分もブログにチャレンジしてみようかという気持ちにさせられた。全般的に読みやすい文章で綴られており、分かりやすかった。

2012/5/27/9784003003015「金葉和歌集―三奏本(岩波文庫 黄 30-1)」松田武夫(岩波書店

昔の人の短歌には強く惹かれる。特に、風景の歌が個人的には好きで、自然との間で短歌を通じて問答を行うところなどに、感情の極まる感じがする。この本でも、春夏秋冬の歌が見事で、確かな美意識があるように感じる。短歌に関しては、昔に帰れという考えを持っているが、ここにこそその帰るべきふるさとがあると思う。

2012/5/21/9784003301616「日暮硯(岩波文庫)」笠谷和比古岩波書店

主人公の恩田木工にしても、役人にしても、人物描写は稚拙な感じが否めない。しかし、恩田木工が傑出した人物であったのは窺える。それは、本文の描写もさることながら、改革を穏やかな中で推し進めた点からもわかる。この時代、他の藩でも、改革は進められたが、農民一揆ストライキなど、強い反発が起きていた。それに対して、恩田木工は人々の合意を得ながら、改革を進めたのであり、彼の器量が窺える。ただ、本文の描写は、現代人の感覚からすると、古めかしい。

2012/4/14/9784480089045「哲学入門(ちくま学芸文庫)」バートランド・ラッセル筑摩書房

言語分析によって鮮やかに哲学的問題に説明を加えていく手法は、分かりやすくもあり、納得の行くものだった。私はプラグマティズムに親しんでおり、分析哲学には近づき難く感じていたが、観想によって魂の状態をよくするという意味では、分析哲学も有力な哲学であるということを教えられた。この著作に関しては、現代的な感覚と大いに合うので、共感しながら読めた。

2012/3/15/9784480089625「プラグマティズムの思想(ちくま学芸文庫)」魚津郁夫(筑摩書房

多くの個性的な哲学者によりプラグマティズムという思想が展開されていった経緯が分かってよかった。パースやW・ジェイムズやデューイの考え方には親しんでいたが、それ以外のプラグマティストも紹介されており、刺激的だった。例えば、ミードの主張で、思考は、外界の刺激に対して遅まきながら反応する、遅延反応だという考え方は新しかったし、ローティの説で、今や、認識論的転回と言語論的転回に続き、解釈学的転回を遂げているとして、体系的哲学から啓発的哲学を目指すべきで、強制によらない合意を得るべく、会話を続ける必要がある、というローティの考え方も新しかった。プラグマティズムを学ぶには良書である。

2012/2/26/9784062919685「鎌倉仏教(講談社学術文庫)」田中久夫(講談社

鎌倉時代において、往生を遂げるにはどうすればいいかという問題が切実に問われていた、その様子が伝わってきて興味深い本である。特に、法然を巡る、教義上の問題やエピソードは、筆者のよく知るところなのか、面白く書けている。今の時代とは違い、鎌倉時代の人々が何を真剣に考えていたかを知るのに、とても良い本である。

2012/1/25/9784003360200「法律 上(岩波文庫)」プラトン岩波書店

プラトンの著作は非常に豊かな内容を持っている。この本もその例に漏れない。ヘーゲルに見られる歴史哲学もプラトンにおいてその萌芽が見られる。また、目に見えない心の世界を描き出すのに、数学的思考を取り入れているが、その点はどうかと思った。そうは言っても、近代に成立した心理学のように、実験データに基づいた上で帰納を行い、一般法則を導き出す方法も採用し難い。やはり、具体的状況から知見を導き出し、それを具体的状況に照らし合わせて、真理性を確保するプラグマティズムに惹かれる。そういう意味では、論語に見られる教えの数々は事実から得られた知見であり、プラグマティズムに相通じるのではないか。プラトンにおける数学的思考の採用は私には肯定できない。

2012/1/13/9784061595392「哲学する心(講談社学術文庫)」梅原猛講談社

著者による西洋哲学の理解は著しく単純化されてしまっており、それを鵜呑みにして西洋哲学を分かった気になることは怖いことである。ただし、そうした素養を使いながら、日本人の精神構造に肉薄する有様は力強い。本居宣長に対する批判には賛成できるし、随所に散りばめられた著者の主張も納得行くものが多かった。私も西洋哲学に偏らず、日本の伝統を知る必要を感じる。

2011/12/28/9784003364062「純粋経験の哲学(岩波文庫)」ウィリアム・ジェイムズ岩波書店

この本の哲学にはとても惹かれる。例えば、その真理観は、真理は具体的状況に結び付けて考えなければならないとするものである。従って、どんな真理も具体的状況を切り抜け、また見通す力があるからこそ価値があるとする。この本自体は、西洋的な問題意識で書かれており、従って欧米特有の文脈で論じられているが、上記のような真理観は日本人でも共感できるのではないか。とにかくいい本だった。

2011/12/20/9784480093899「知覚の哲学 ラジオ講演1948年(ちくま学芸文庫)」モーリス・メルロ=ポンティ筑摩書房

訳者の注解は飛ばしたものの、メルロの講演の訳自体は明快で示唆に富み、面白かった。メルロは心身二元論を克服した形で、新たな枠組みを示しており良かった。世界観の解釈に終始するような、傍観者としての態度には満足できない私だが、この本の世界観は楽しく読めた。

2011/12/12/9784003364338「デカルト省察(岩波文庫)」フッサール岩波書店

この本は、世界を眺めて解釈するという観想の哲学であった。行動を伴わない認識ということでは、あるいは世界観ということでは、革新性があるかもしれないが、私の興味関心にはあまり響いて来なかった。私としては、実践哲学に興味があるし、従ってもっと社会に働きかけを行う上で、どう考えて行くかという視点が欲しい。だが、この本はそういった視点には欠けており、私にはつまらなかった